「あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。このように、あなた方は悪い者でありながらも、自分の子供には良いものを与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」ルカによる福音書11.11



おとといの日曜日、教会でこの言葉についてのお話を聞きました。

自分は父親としてこの言葉が胸に響きました。



「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。

捜せ、そうすれば、見いだすであろう。

門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。」



自分は子供たちが求めてきた事に対して良いと思うものを与えます。

神様は私たちが求めたもの全てを与えて下さるわけではなくても、

本当に必要なものこそ与えて下さいます。



今まで、自分は「与えられる」ことを中心に考えてきました。

でも今回、子供たちに対してのたとえ話を改めて聞いて、

「与えられる」ことばかりでなく自分が「与える」ことについて考えさせられました。


子供に対して愛情を注ぐように、

その他の人に対しても子供に対するのと同じように愛情を持って、

良いと思うものを「与える」ことのできる人になれるだろうか。


難しいことかと思いますが、

そのようなことを考えました。