続き。

 

 

母の介護を通じて、

弟の「アスペルガー的 おかしな・変わった言動」に多々気づき、

弟のことが 大っ嫌いになりました。

 

弟の奥さんも、弟のアスペルガーな面は気づいており、

 今は 見て見ぬふりのご様子。

 

2年前ぐらいかな

奥さんが 私に話してきたことは

 「(弟は)ありがとう、ごめんなさい が言えない人なので、

 こないだ、お姉さんに 謝っているのを見て、

 びっくりしました」

   :

 この「ごめんなさい」は、私の「しつけ」?の成果、たぶん。

 

 


弟は、自身が 何かやらかしていても、

まず 「自身に原因がある」と 自らの力で気づけない!!

基本、他人のせい、です。

 

気づけないから、もちろん「ごめんなさい」も言えない。

(気づかせるにも、簡単には伝わらなくて…

 一般的なやりとりの 十倍ぐらい かみ砕いて 必要以上 増し増しに伝えて

 ようやく 伝わる…)

 

ーーー

 

ありがとう、も、そう。

 

知らなかった事を知っても、なるほど、と思えない弟。

あたかも 知っていたかのように? 振る舞う。

知らなかったことを スルーって感じ?

だから

「なるほどねー

 知らなかったことを 教えてくれて ありがとう」

という気持ちが湧かないのだ、弟は。

 

 

弟から来る「ありがとう」は、相手が何かを「した」時だけ。

 ー 病院に母を連れていった … 「ありがとう」

 ー 〇〇を施設に相談・伝えて・渡しておいた … 「ありがとう」

 ー 母の衣替えをしておいた … 「ありがとう」

 ー 母の暇つぶしグッズを買い足しておいた … 「ありがとう」

       :

 

 

 ー こういうの、どう思う?

 ー こうするといいのでは?

   などと「アイデア」や考えを伝えた時には

    …「なるほど」「ありがとう」「それ思いつかなかった!」

     などではなく「わかりました」

      :

  この場面での「わかりました」は違和感。

  「〇〇して」などの「指示」ではないのに。

 

  これって、

   アイデアを出し合って 良い介護をしたいね、

  という気持ちではなく

 

  何か「指図をされた」と「歪んだ認知で受け取った」返事なだけよね?

  指示待ち人間の弟。

 

 

 

一方、「自由に考えてくれていいよ」と伝えると、

「自由」と「自分勝手」との違いを わかっていない弟…。

 

  自由とは…しかるべき責任(というほどの大げさではなくとも)を

       伴うものだと思ってるんだけど…

 

  弟は「好き勝手にする」ことが「自由」だと勘違い?な認識のようで。

 

  先月、またもめごとの種となってしまいました。

  その話は また今度。

 

 

 

今日もここまで お読みくださり ありがとうございました。