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継子たち(以下、長男・娘) との、 13年になった 継母生活について

 

自分の心の整理と、
 
これから 継母経験を 深める方々へ
ここまでに ならないように と 祈りつつ
反面教師など…何等かの お役に立てば という 思いで 
 
綴っています。
 
趣旨をご理解いただける方に お読みいただけたら 嬉しく思います。
どうぞ よろしくお願いします。

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毒ストレス 吐かせてください。

 

毒 と 言えば… 母なのですがっ。

 

基本的に今は 適度な距離の 関係を 保つようにしています。

 

 

 

 

が、

 

孫の行事 や 母のお祝い 等では、

 

普段よりも 近い距離を 取ることになるわけで…。

 

 

 

 

 

少し遅れた 母の誕生日祝いで ランチしてきました。

 

選りすぐりの 食べ物のプレゼントも チョイスして。

 

 

 

 

お祝いを 外すのは、

 正直 トラウマで 怖いのです。

 

というのは、

 

3年半余り前…

 

   継長男が 寮生活だった 専門学校を 退学…

     生母 や 悪仲間 の影響で、

       ギャンブル依存症 & ドロボー人格になってしまっていた継長男…

 

   退学に伴い 自宅生活に戻ったことで、

   私の 心の平穏が さらに 脅かされることになった

 

   「留守にすると 継長男に 何かされる… 金品取られる…」

 

   そんなで 私は 不要不急の用では 外出するのが 怖くなってしまって。

 

   そんな中の 父の誕生日。

 

   毎年 何かプレゼントを用意して 「手渡し」 していたんだけれど…

 

 

   その年は 外出するのが怖くて…

 

   孫(末っ子)の手紙を 郵送したのと、

 

   当日に メールを しただけで…

 

 

   それから 1ヵ月で 父は 突然 旅立つことになってしまった…

 

   ああ ちゃんと 会って お祝いしてたら…

     こんなことに ならなかったのでは… という 後悔を

     どれだけ したことか…。

 

 

   それに対しては、

 

   継長男を 恨む気持ちは 今はないけれど、

 

   でも このようなことを 招いたことに 継長男が 影響していた気持ちは

      … 今でも 消えない。

 

 

そんな トラウマもあって の 母への お祝い。

 

 

 

 

もちろん 会話は はずまない。 それなりに 賑やかではあるけれど。

 

一方的に 母が 話したいことを しゃべってるだけだから。

   きっと 相づちなんて なくても 母は平気。

   母の話は よく ぷよぷよと 宙を浮いてるように 感じる。

 

そんなだから あちこち 話も飛ぶし、 内容も 薄い。

 

 

 

 

その合間を縫って 私が しゃべっても、

 

相づちが 返ってくるでもなく。

 

… ホント 相づちないのは 私は 辛いわあ。

 

 

 

 

近くのテーブルの 微笑ましい3世代

 (父・母・娘・孫)

が 羨ましくて 仕方ない。

 

ご夫婦の会話も キャッチボールが 柔らかくて 自然で、

その 当たり前な自然さが 眩しく見えた。

 

 

 

 

 :

母は

 私のこと 「本気」 で 心配したことあるのかしら?

 

母は

 家族も 兄弟姉妹も 親戚も 友人も 知り合いも

 接し方 や 会話の内容 が 区別なし に 見える。

 

 

 

母にとって

 私のことも

  「自分のために 何か してくれる人」

 

 って 思ってるだけかも。

 

それを 家族って 誤解してるのかも。 無意識に。

 

 

 

私は

 実子である セメント末っ子は もちろんのこと、

 産んでもいない 二人の継子 のことも、

   ~ いろいろと 思うところは あるものの ~

 

 3人の 今 や 将来に 思いを 馳せるからこそ、

 いろいろと 言ってしまうところがある。

 いろいろと やるところもある。

 

 その 良し悪しは あるにしろ、

 でも、

 それは それなりの 思いが あるからこそ。

 (将来 ちゃんと 幸せに 自立できますように、と。)

 

 

 

 

そういう意味では、

 

私は

 私の母 → 私 への 「母としての姿」よりも、

 

 私 → セメント末っ子 への 「母としての姿」 は もちろんのこと、

      二人の継子への 「母代わりとしての姿」

 

のがよっぽど 母らしいのかもしれない。

 

と 思っちゃったり。

 

 

 

 

… もちろん

  ランチ や プレゼント を 喜んでくれる 母の姿には

  良かった… と 思う気持ちは あるんですけどねっ。

 

 

 

 

 

そして…

 

この 私の感じた ものすごい ストレス…

 

実は 一緒にランチに行った 末っ子も 感じたのかもしれない…

 

 

 

 

というのは…

 

帰宅後… 末っ子が 荒れた…

 

まあ 時々ある姿だけど… それなりに 私も 対応に てこづるわけで。

 

  :

 

末っ子に 寄り添った後 (それでも 抵抗してくるけど)

 

私は ふとんに もぐる = 距離を 取る ことにした。

 

 

 

 

そうしたら 末っ子は、

 

録画の 「スポンジボブ」 を 見て、 気分転換 できたらしい。

 

 (…昔から 戦隊モノに 興味がなくて、

   こういう系の アニメ が 好きな子です…)

 

 

 

 

そして 私も ここに 吐き出して そして 手放す。

 

それが 私の 心の立て直し方法の 一つ。

 

 

 

 

… その間に 違う イライラが あったんだけど

  (想像つく人いるかも…) それは また …

 

 

 

 

まだ だいぶ 心が くすぶっているけれど…

 

末っ子も 落ち着いたことだし、

 

私も 美味しいものを 今から飲んで、

 

さらに 気分転換してみよう!

 

 

 

 

 

ここまで お付き合いくださり ありがとうございました。