日付変わって昨日の事だけど、某シニア産業カウンセリングの授業で認知行動療法を受けてきました。








その際に認知行動療法実践カードなる物を使いました。


それには様々な否定的自動思考・信念とそれに対する有利・不利な点と合理的な考え方が書かれていて、これを読むだけで簡単に否定的自動思考とかを論駁出来、認知の歪みの修正が出来る代物なんですよね。  








自分の認知の歪みを修正も出来るんで欲しいんだけど、3万円近くするし、カウンセラーとして独立してから買って必要経費として落としますか(笑)








(認知行動療法・実践カード 紹介のページ)


http://www.kokoronet.ne.jp/fukui/index.html








AM300目覚ましのアラームが鳴る。



 

私はすぐにそれを止めると床から出て着替え始めました。



 

前日の予想とは違い、私は予定の時間に起きる事は出来ました。



 

しかし、眠い。目を開けらんなーい…。



 

 



 

 



 

そんな状態で服を着替え終わりながらも、眠気は取れず。瞼は開けず。



 

 



 

 



 

……眠いまま現地に行くのはマズい。



 

例え受付時間内に目的地に行けても、現地ではガレキ処理なり肉体作業のボランティアするんだし、現地に着いたらすぐに休めんで眠れるワケではないんだし…。



 

 



 

 



 

閉じたままの両瞼の重みを感じながら、再び寝たい気持ちを正当化するようにそう思いました。そして目覚ましのタイマーを5時に設定し直し布団にもぐり込むと、再び眠りにつきました。



 

 



 

 



 

5時。目覚まし時計が再び鳴ると、寝床を抜け出し起床しました。



 

3時に一度起きた時とは違い頭は眠気で少しぼんやりするものの、瞼はしっかり開けれました。両瞼の重みはない。二度寝して正解でした。



 

 



 

 



 

コンタクトつけ髭を剃り朝食を食べると、荷物を詰めます。現地で何かあってから必要な物を持っていくの忘れてるの気付くんだろうなぁと思いつつも。



 

車庫から私の愛車であるKAWASAKIのバイクZZR250を出し荷物をバイクのリアシートに乗せ、冬用バイクウェアやグローブを着用し、バイクのエンジンキーを回しエンジンスターターボタンを押します。



 

恐怖の瞬間です。ちょっとの間乗らないと、セルモーターが回るだけでエンジンが始動しない事がたまにあるからです。以前ツーリング当日になかなかエンジンが始動せず、1時間位スターターボタンを押すのを繰り返していた事があったのです。



 

 



 

 



 

この日は幸いすぐにエンジンが始動し、ダッ、ダッ、ダッ、というZZR250独特の耕運機みたいなアイドリング音を立て始めました。



 

AM630いよいよ出発です。ようやく旅の始まりです。やっと本題に入れます。



 

 



 

 



 

中原街道を都心に向かい荏原から首都高に入ります。首都高都心環状線に入り何度も陸橋をくぐり向島線を通り中央環状線に入ります。中央環状線は荒川の土手を沿うように作られており、横風を思いっ切り受けます。



 

 



 

 



 

――ヤバい。横風でハンドルが取られる。



 

マジで危ない。風に煽られてる…。



 

 



 

 



 

そこでは横風で転倒しないよう重心が低くなるように身を伏せ、怖々走りました。



 

中央環状線から川口線を通り、川口JCTから東北自動車道に入る頃には7時30分を過ぎ、岩沼市VCの受付開始時刻の8時30分には宇都宮を過ぎた位で、関東を抜けきっておりませんでした。



 

 



 

 



 

……やっぱり到着予定の時刻には間に合わないか。



 

 



 

 



 

出発当初からうすうすそう感じていましたが、実際にその時刻になりその時間に合わない事が確定すると、何か義務みたいなものから解放されたような気持ちになりました。



 

 



 

 



 

――どうせ現地に行っても、ボランティアの募集は終了しているだろうし、無理せず行くか。



 

 



 

 



 

そう思ってからは無理にペースを上げ飛ばす運転をするのをやめ、事ある事にサービスエリアやパーキングエリアに入って休むようになりました。



 

 



 

 



 

その中の一つ、安達太良サービスエリアでは、



 

 



 

 



 

――放射能が怖くて買うの避ける位なら、ここの食いモン食って癌になって死んだ方がマシだわ。



 

 



 

 



 

などと妙な義侠心を起こして、ここのサービスエリア内にあるパン屋で桃のパンを買いその場で食べました。これは甘くて美味しかったです。放射能の味などしませんでした。



 

放射線がどんな味がするのか知りませんが。



 

 



 

 



 

また那須ICを過ぎてからは、震災によって出来た亀裂を補修した事によって出来た段差が増え、その上を通る度にガクンと下から突き上げてくるような感覚が伝わりました。それでも事前には思うほど路面状況は酷くなく、100km位で走っても問題ないように感じました。



 

なお本宮IC周辺では50kmの速度制限がかかっていましたがそれより早い速度で走り、段差の上を乗りあげた衝撃でタンクに急所を打ちそうになったのはナイショです(w



 

 



 

 



 

福島市に入ると交通量も増え路面状況も相変らず悪い事もあって、なかなか進むペースは上がらず思うようには進みません。塞がる様に前を走る先行車に対してすり抜けをする訳にもいかず、イライラしながらしばらく走り続けるうちに、目的地の白石ICに着きました。そしてそこを降りて、岩沼市のある方向に向けて国道4号線に入ります。この時既に12時を過ぎていました。



 

 



 

 



 

ICから数kmは2車線で走りやすいのですが、そこから元千葉ロッテマリーンズ内野手小坂選手の出身地である柴田町に入るまでの間は道路拡張か補修の為の工事が行われておりました。その間は道幅の狭い1車線となり渋滞が起こり始めていて、すり抜けで路肩を通る事が出来ずイライラしながら車が流れるのを待っていました。



 

 



 

 



 

そうこうしているうちに岩沼市に入ると右手に大きな工場が見えました。そして国道6号線と合流後再び交通量も増えてきました。曲がる予定の交差点を右に曲がって行くと、目的地である岩沼市VCです。あともう少しです。しかしお約束通り、その曲がるはずの交差点を見落としてしっかり通り過ぎてしまい、500m位過ぎてからそれに気付きました。



 

 



 

 



 

いつもの事です。



 

ツーリングをすると必ず一回はどっかでします。



 

 



 

 



 

脇道に入ってからUターンし、元の道国道4号線に入り直してから引き返して、その見落とした交差点を曲がります。



 

 



 

 



 

そうして岩沼市VC前に着いた時にはもう13時。受付終了時刻も過ぎておりました。



 

メロスには約束の時間までに戻ってくるのを信じたセリヌンティウスという友がおりました。だけど誰独り時間までに私が来るのを信じ、迎えてくれる人などいる訳がありませんでした。



 

 



 

 



 

 



 

 



 

 



 

…その後そのまま仙台市まで行き歓楽街国分町のネオンの中に消えていった。







 







 



 

<つづく>










多賀城市福祉協議会のHP上を見てみると、長靴、ゴム手袋にマスクが必要と書いておりました。マスクは福島第一原発の放射能漏れが怖くて買った物がありましたのでそれを使う事にして、長靴、ゴム手袋は自宅にありませんので、ホームセンター行って安いのを買ってきました。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

…ボランティアセンターのHPなどを読んでいくうちに知ったのだけど、これに参加する前にボランティア保険に加入しなくてはいけないんですね。そのやり方は、各地域にある社会福祉協議会からボランティア保険の申込用紙を貰い、それに必要事項を記入した物と金融機関で支払った保険料金の支払証を社会福祉協議会に持参し手続きを行うのだけど、ネットや郵送での申し込みは出来ないどころか、申込用紙もネットでダウンロード出来ず、わざわざ取りに行かないといけないのな。…めんどくさい。


 

しっかも、出発の日まで一週間を切っておりました。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

しょうがないので、それを読んだ次の日の4月26日仕事終わった後に、ボランティア保険の申込用紙を貰いにダッシュで自分が住んでる区の福祉協議会へ行きました。受付時間が1715分までと早い時間に受け付け終了してしまいますので、間に合わないのを半分覚悟で。


 

 


 

 


 

その日は幸い仕事は定時で終わり、職場から福祉協議会まで自転車ですぐの所にありましたので、何とか受付時間内に某区の福祉協議会に着きました。


 

そして事務所内に入ると、職員の方にボランティア保険についての説明を受けパンフレットと申込用紙を渡されました。


 

 


 

 


 

まず、ボランティア保険の種類として保証金額と地震、津波等の天災も保障するプランの物がありました。福祉協議会のHP上では天災も保障するタイプの物に加入するよう要請されておりましたので、それの一番安いもの600円の物に加入する事にしました。


 

 


 

 


 

用紙に活動内容について記載する所がありました。具体的に書かなければならないようです。これから現地に行ってどんな作業するか解りませんし、もしかしたら別の時にエントリーした某協会(自分が資格持っている協会とは別の協会)によるメンタルケアのボランティアとして現地に行くかもしれません。福祉協議会の職員の方に尋ねて確認しましたが、期間内でしたら記載したものと別件のボランティアとして行ったものでも有効だそうです。


 

ですからとりあえず、『家屋、ガレキの片づけ、掃除等』と書いておきました。


 

 


 

 


 

なおこの保険の保証期間は、受付日の翌日からH24年3月31日までが保証期間で、ここの受け付けは日曜と祝日が休みとの事です。出発日は5月1日日曜にする予定です。


 

金融機関の窓口での受け付けは4月29日祝日と30日の土曜は休みのように思いましたので、27日28日のうちに支払いをしなくてはいけません。


 

専用の振り込み用紙を使わないと振込み料金が無料にはなりませんのでATMからの振り込みは出来ません。面倒臭い事になりました。


 

翌日27日に某銀行で支払いを行い、その足で福祉協議会へ行って書類を渡しました。


 

 


 

 


 

この翌日でしょうか。現地には趣味であるボルダリングする時に履く作業着()を持っていくつもりだったのに、寒くなるのを恐れたのか、つい調子に乗ってしまったのか、新しい作業着上下セット買ってしまいました。


 

これが終わったら普段着にするつもりでした。でもこれを書いている‘11.6.13現在一回も普段着として着ていないのはナイショです(苦笑)


 

 


 

 


 

 


 

 


 

…それはともかく、出発直前のある日おそらく29日だったんじゃないでしょうか。新聞に、他県者のボランティア受付を行っている宮城県の各市町村のボランティアセンターは岩沼市の物以外無いという内容の記事が載っているのが目に入りました。これを見た時驚きました。多賀城市に行くつもりだった上に、出発の日までわずかしかありませんでしたので。


 

 


 

それで多賀城市VCのHPを見て確認してみると、他県者お断りとは書いておりませんでした。ですので自分が行っても大丈夫だろと思いました。(現在多賀城市VCのHPで当時の物を見てみますと『県内・県外問わず、ボランティアの方々を募集しています!』と記載されています)


 

しかし、ボランティア受け入れは宮城県内居住者のみに変更されているのかもしれないと不安になりました。わざわざ遠く距離は東京から名古屋までと大して変わらない、宮城県まで行ったのにボランティアとして受け入れてくれず何も出来ない、行ったのがムダになる事は嫌でした。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

そういった事から、岩沼市福祉協議会のHPを確認してみました。こちらははっきりと他県からのボランティアも受け付けますと書いてありました。


 

それにこの時もそうだったのですが、そこのHPはその日ボランティアとして行った活動や出来事を毎日報告しており、その文体から何か書いている人の暖かい性格みたいな物が伝わっているように感じておりました。


 

そんな事から、結局は岩沼市の方に行く事にしました。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

行く前日の4月30日の昼間、何か持っていかなくてはならない物や必要な物資はないだろうかと思い岩沼市VCにTELしてみました。


 

応対してくれた職員の方によりますと、援助を行って欲しい物資はないそうですが、施設に備え付けの道具が足りないので、なるべくスコップを持参して欲しいとの事でした。それと来る時は気を付けてとも、言っておられました。


 

ただ、この日はボランティア参加受付開始時間の8時半に必要な人数に達してしまい、この時間でボランティアの募集を打ち切ってしまったとの事でした。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

大変な事になりました。翌日5月1日は日曜日。GW真っ只中ですので沢山の参加者が来る事でしょう。


 

そうなると、10時過ぎに現地に到着したのでは、ボランティアとして参加出来ないかもしれません。8時半に到着して受け付けを済ませなくてはなりません。


 

 


 

 


 

…只でさえ朝弱いのに……。


 

 


 

 


 

仙台のICから東京の自宅まで無理矢理トバして4時間半で帰ってきた事がありますけど、復旧したばかりの東北自動車道を通って岩沼市まで行くのに何時間かかるのでしょうか?


 

受付時間までに現地に到着する為には、自宅を何時に出発しなくてはならないのでしょうか?…


 

 


 

 


 

 


 

 


 

…結局3時半に起きて4時に自宅を出る事にしました。岩沼市に8時半までに到着しボランティア受付を出来るか解りませんが、やるだけやってみる事にしました。


 

またスコップは、現地に着いてもボランティアの作業が出来るかどうか解りませんし、スコップ持ってバイクに乗るのは大変ですので、それを持参せず、現地に有る物を借りる事にしました。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

翌日の準備などといった雑事を行いながら、様々な事を思っていました。


 

 


 

 


 

自分は計画通りちゃんと現地に到着出来るのか、行ってもちゃんとボランティアの仕事があるのだろうかという不安を感じました。


 

 


 

 


 

また初日は早起きしてボランティアの受け付けをせず、現地を見て回った方が良いのではないかという楽な考えに誘惑されてるような気持ちにもなったりしていました。


 

 


 

 


 

或いは、ボランティアって、旅行などに使える貴重な時間をつぶして、わざわざ無給の奉仕活動をする物なんだなぁとも思いました。


 

 


 

 


 

そして、昔某野球イベントにボランティアとして参加した時の、内心そのイベントを楽しみたかったのにボランティアの作業によってやりたい事が出来ずやりきれない気分になったという当時の出来事を思い出したりしてしまいました。


 

 


 

 


 

そんな事を思いつつ布団の中に潜った時には、時計の針は既に夜中の12時過ぎを回っていました。


 

 


 

 


 

 


 

 


 

< つづく >