1年前の丁度今頃、4/12、
夜勤中に気分が悪くなり吐き気がして、
トイレで大量の吐血をした。


鏡を見ると顔面蒼白、
血圧は60代に下がってた。


夜勤は4人体制。
今からやっと仮眠のヘトヘトな2人に悪いし、
ペアの看護師が1年目さんだったから、
吐血しても休めなかった。
(適切に休まなかった自分が悪い)

ナースコールが鳴り止んだ隙を見て、
処置室のベッドで少し横にならせてもらった。


吐血したのが午前3時頃で、そこから
朝10時までなんとか働いて、その足で病院へ。


そんな散々な日から1年が経った。


その症状出現からさらに遡った1年間は、
コロナが初めて日本に来た頃でした。


私の病棟は、院内唯一のコロナ担当病棟になりました。院内感染を防ぐために、コロナに関わる看護師は最小限でなくてはならず、私はその中の1人でした。

怖くて不安だったけど、一方で初めは、「自分が第一線でコロナと戦うんだ」と、正義感と誇りを見出していた。

でも実際は、それはそれは辛かった。

防護服を着たまま数人の重症患者を
一日ひとりで看るのは想像以上に重労働。

何日も何日も苦しむ患者さんを前に私たちができることは日常のケアと、排痰の援助と、患者さんを励ますこと。


患者さんを看取ることも何度もあった。

毎日の必死なケアと治療もむなしく、
急変して亡くなる方もいて、何度も絶望した。


面会が許されず、
今目の前でひとりの患者さんが
一生を終えようとしているこの瞬間に、
声をかけられるのは自分ひとりだけ。

患者さんの手を握って、息を引き取る最期まで
息を引き取った後も、声をかけ続けた。
泣きながらご遺体をビニール袋に入れた。

カメラモニター上でしか面会できない家族は
モニター上の辛そうな患者さんしか見れず、
ビニールに二重に包まれたご遺体を前に、
私たちはご家族に不信の目で見られる。

そんな日々が続いて精神が擦り減っていった。


仕事だから頑張るのは勿論当たり前だし、
「医療者への感謝」なんてとんでもない、
当たり前のことって思ってたけど、
その時期は本当に全てを仕事に捧げてた。


コロナ禍に入り1年が経ち、その頃から胃が痛くなりだした...。




休職して約1年。
目まぐるしかった日々から一転、
穏やかにゆっくり過ごしてる。



抗がん剤を飲み終える(8月)を前に復帰するか、
飲み終えて復帰するか迷ってる。
看護師は体力勝負なとこがあるから不安も大きい。


母は、抗がん剤終わってからの復帰を勧めている。

一方父は、もう充分休めていて副作用も少ないないから復帰を勧めている。

父は昔から仕事を休んだことがほとんどなく、
きちっとしているから、体調を崩してすぐ休むような若者を見るとカチンと来るらしい。


治療中も本当にたくさん助けてくれて、優しくて、大好きな尊敬する父だけど、
そんな考えも持ってるんだなぁとびっくりした。



体のことを考えて仕事を休むのは甘えなんだろうか。

勿論、職場に迷惑をかけることは良くない。
働かないとお金が無くて他に迷惑をかけるとかならまだ考えなきゃいけないけど、
それでその人が自分で生活できるならいいのでは?と私は思ったりする。


また、今回わかったのは、
良くも悪くも、
どんなに毎日必死に働いていても
自分が休んだところで
代わりはいくらでもいるということ。


でも、たくさんお金をかけてもらって
大学にも行かせてもらって一人前にしてもらったから、両親のためにも、立派に!働きたいとも思う。


復帰いつにしようかなぁ...



人生の転機から1年が経っての振り返り、
今後の迷いについての投稿でした...
長いのに読んでくださり、ありがとうございます。