昨年受けたみもちゃんのzoomセッションで
私がアドバイスされたダイヤミング行動の一つに
「怒る」がある。
アドバイスを受けたのは昨年だけど、
まだ習得できていない。
それくらい私にとってやりたくなくて、怖くて、避けてること。
私が怒るのが苦手な原因は育った家庭にある。
父(どこに地雷があるかわからずいきなり怒り出す。怒りの継続時間も長い) と
母(そんな父を深刻な顔してやり過ごしながら
後で父の愚痴を言う)を見てきたから、
“周りが見えなくなるくらい怒って、
自分で消化できない感情を
周りに撒き散らすなんて迷惑。恥ずかしい。”
と思うようになった。
それだけじゃない。
私が子どもの頃、父の言動に少しイラっとしたときに
本人に「今のされてこういう気持ちになったよ」
と伝えたら、逆に父に怒られて
(すごい剣幕でまくしたてるし、私が何を言い返しても向こうの主張を怒鳴り返されるから
だんだん私が間違ったことをしたような気分になる)
その後しばらく避けられたりした経験があるから
“私が怒りを相手に伝えなければ、父がこんなに怒り返すことはなかった。
私がこんなに怖い、悲しい、情けない思いをすることもなかった。
怒っても問題解決するどころか、自分の嫌な気持ちが増えるだけ。それなら怒るって、コスパが悪すぎる行為だ。”
と認識した。
つまり、私が誰かに怒りを表現することは
恥ずかしい行為であるだけでなく、
やっても恩恵を受けない・むしろ損しかしない行為。
だからいつしか私は、怒らない仏のような人を目指すようになった。
怒りは要らない、間違った感情だと思うようになった。
地雷系とかメンヘラとかヒステリックとか、
自分をコントロールできないダサいやつには私はならないと思った。
怒りが湧いたら抑え込む。
これを繰り返すうちに、
私は自分が怒ってることも認識できなくなった。
それどころか、自分のことを
めったに怒りが湧かない穏やかな人間
だと評価するようになった。
私が夫を結婚相手に選んだときも、
「この人は私と同じで、怒らない穏やかな人だ」
と思った。
でも、ナリ心理学を勉強するにつれて
わかったのは、
私は怒らない性格なんじゃなくて、
我を忘れて怒るなんて恥ずかしい…という
価値観のせいで
怖くて怒れないだけということ。
私には地雷、メンヘラ、ヒステリー
全ての要素が備わっている。
むしろ、これまで蓋をしてきたことで膨れ上がっている。
そして夫も私と同じく、
「怒りの感情がない穏やかな人なわけじゃなくて、
怒りの感情を出すのが苦手なだけ」
だということがわかった。
私たちは
怒るの苦手夫婦だったんだな。
私は、みもちゃんに「怒る」というダイヤミングを課されたのは昨年6月。
なのに、このダイヤミングを夫に対してなかなかできずにいた。
“だって、夫が怒らないでいてくれてるのに
私が怒ってその平和を崩すの?”
“私が怒りを積極的に出すようになったら、
夫は私にがっかりするんじゃないか?
地雷女とかヒステリー女とか思われたら、
私と夫の関係は変わってしまうんじゃないか?”
でも今回話してみた時に夫に言われたのは
「正直に言うと、
俺の言動でさおちゃんが機嫌悪くなるのを見ると
『あ、俺地雷踏んだわ
』
っていつも思ってるよ」
地雷。
私のどこかに地雷が埋まってて、踏むと私の意思関係なく爆発して、夫に危害が及ぶ。
私が思われたくないことを、
そうならないように頑張っていたことを、
すでに思われてた。
話し合いで伝えたこと
・これまでの人生で怒るということを避けてきたせいで怒るのが苦手だから、怒る練習をさせてほしいと夫に伝えた。
結婚前にやっておくべきだったことだけど、気づけなかったから今更のことになってごめん。
・最終的には「いつでも怒れるから、いちいち怒る必要ない」と思えるような境地になりたい。
でもまでの道のりは長いから、これから怒る出力加減を間違えることがたくさんあると思う。
・夫が私の怒りをぶつけられて嫌な気持ちになった時は教えてほしい。
(夫が「さおちゃんに怒りをぶつけられた俺の気持ちはどうしたらいいの?」と聞かれたので)
今回、夫にこの話ができたのはすごく良かった。
それでも、怒るダイヤミングを始める公言を夫にしてからですら私は怒るのが怖くて、つい日々の怒りやイライラをなかったことにしようとしてしまう。
根深い。根深い。
