表現するって恥ずかしいものです。

 

以前、ゴスペル仲間数人で集まって、ライブをしようということになって、私は一人で歌うことにしたのです。

仲間うちでは、声量がなかったし、協調性がないので、曲を決めるとかスケジュールを合わせるとか無理と思い、一人で歌うことに決めたのです。

当然、何を歌うのか私が決めるのです。何を歌おうか、カラオケで歌うのとは違うよねってことで、ジャズとEric ClaptonのTears In Heavenになったのです。

 

そのときは、あまり考えてなかったのですが、とんでもなく恥ずかしくなったのです。特にTears in Heaven 。

祐が死んだあと、インターネットを検索して、いろんなブログを見ていたんですけど、そこで当たったがEric Claptonの息子さんが亡くなった話でした。

そのライブのときは、祐が死んでから2年経っていたので、少しぐらい歌ってもいいかと思っていたのですが、いざ決めるとどうしようもなく恥ずかしくなりました。

 

こんな自分のことで歌っていいのかな、とか、お涙に頂戴になるよな、とか、色々考えると恥ずかしかったです。

 

表現するってこういうことなんですね。自分の中を見せるのだなと。知り合いが多いライブでも本当にそんな感じでしたからね。

知らない人達の前でなど、どうなるんでしょう。

 

それでも、表現したいから、歌を習っているのです。

きっかけは、自己満足で歌えるようになりたいだけですが、結局人に向けて表現したいのだと認められるようになりました。

 

発声クラスでも、ライブをやりたいと思うのでした。

 

やっぱりいい曲。