2周年ライブの1幕目で見た愛理ちゃんはある種ショックなものだった。
私もある程度の覚悟をして、2幕目に挑んだ。
2幕目はソロカバー。
愛理ちゃんはイコラブの手遅れcaution。
この時は手遅れcautionの予習をしておらず、どんな曲なのかも知らないまま、愛理ちゃんのパフォーマンスを見ることになった。
愛理ちゃんが出てくる。
重苦しい前奏が流れる。
手遅れcautionを知らなかった私はまず前奏でゾワッと来るものがあった。
そして、愛理ちゃんが歌い出し、踊る。
暗い音楽。
詩の世界観。
どこか負のイメージを抱くダンス。
現状に対する怒りや苦しみにも似た叫び。
私は動くことが出来なかった。
こういうのを「気迫」というのだろう。
アイドルのパフォーマンスを見て動かなくなるのは初めてだった。
「痺れる」というのはこういうことだろう、と。
必然と持っていたペンライトを下ろす。
ただただ、見入る。
おかしな表現だが、自分の苦しみを吐き出すかのように歌うサビの愛理ちゃんは感動を超えて、美しく芸術的だと思ってしまった。
1幕目に見た弱々しい愛理ちゃんはそこにはいなかった。
そこには明らかに、いつも通り、力いっぱい踊る愛理ちゃんがいた。
パフォーマー山本愛理はまだそこに生きていた。
自身を「天才」と言う愛理ちゃんだが、この時の愛理ちゃんは本物の天才だった。
原曲は知らなかったが、完璧なパフォーマンスだと思った。
これ以来、私は愛理ちゃんを強く推そうと決め、この時には推しグループを東北産と女子翼に絞っていた。
〜続く〜