AMEBAブログ読者の皆様こんにちは。
私の両親は昭和3年程のかなりの昔の人物です。私は昭和46年生まれ。
私は長女なので、両親は、かなり遅い結婚でした。
というのも、うちの両親は、「天皇家の末裔同士」であり、
しかも、「本家同士」という事もあり、
まだ、旧民法の考え方に存在していた「家制度」が色濃く残っていたために、
「身分のつり合いを考えての結婚をするのが「本来至極当然」である。
との考え方が根強く根底にあったこともあります。
しかし、私の時代の世代になると、その意識は昔の「男女席を同じうせず」から全く逆の、
「男女共学」になり、
徐々に男女が一緒に共にいる意識が薄らいできていましたことは否めなかった。
私の家は、父が農林水産省の国家公務員でもあり、
父は忙しく、「父は外、母は家』という考えの持ち主でした。
それは、うちの廣田家の価値観です。私もそうです。各家庭と個人に様々な価値観があります。
私は以前、恐らく20年以前は、全く身分とかは考えて無く「価値観」が全く異なっていましたね。
しかし、現在は、この被害により、価値観もそうですが、
なんでもMIXは、良くないとの考えにいたりました。「真実」が大切です。
私はありのままが良いのです。勝手に身分を落とされたくないです。他の家系と混ぜられたくありません。
うちは天皇家の末裔なのに、違う等とは言われたくありません。
相手の良さを認め合うのは良いのですが、「無理」はいけないと思うのです。
世界は、混沌としている。2元論である、この世は、「白と黒」との、
物事をはっきりさせていくことは、大切です。
はっきり、『境界』がある事が、次世代以降の未来のこどもたちにとっても必要なのではないでしょうか。
例えば、分かりやすい例で言うと、
「善は善、悪は悪」。白と黒とはっきりする事が大切であると思います。
グレー。あいまい。それは、「悪」、ずるがしこさが良いはずがありません。
そして、そういう価値観は、すでにグレーが良いというのは、「悪がお茶を濁す言い訳」に過ぎないことがわかりました。
なんでも曖昧が良いわけではないです。それに、色は色。
それには、「物事の意味合い」とはまた異なります。
権力から、一方的に決めつけ、黒を白の様に見せかける事は、本当の『白」が白に見えず、真実が「真実」にみえません。
この世は、2つの対比的なものから成り立っているのです。この法則を無視しないでください。
この「ダメなものはダメ」というモノを、あいまいにしていこうとする風潮を作り出している現代。
だから、世の中、混沌としている。だから「真実を追求するはずの」警察が動かないのです。
やはり自分と「価値観」が同じ、[真実追求だけの人][嘘偽りの少しもない人」「真実だけの塊だけの人」、
という聖人君子みたいな立派な人間になろうという心構えのある人間との交流だけが私にとって大切だと思いいたりました。
不倫をする等といったような道徳観・倫理観に外れたような人は嫌いです。
少しでもどこかに嘘のある人は好きではありませんし、全く相いれません。「黒」と「白」といった、
意味合いは、そこにあるのではないでしょうか?
私の個人的な考えですが、
もしかすると、本来は、[警察の車」は、そういった意味合いがあるのかもしれないですね。(違っていたらすみません。)
善は善により、よりよいものになり、それ以上に良い複合的に良いものに段々なります。
ちなみに、『境界』というところから、土地について。昔のことですが、
住んでいる「土地」も地理的に、天皇家の一族だった「千葉家」と一般の方々
が住んでいた土地は異なっていました。
雨などで、水はけがよく、土地が高い土地に、うちの「千葉家」はいたのです。
そこはすでに、「士農工商制度」の身分にて、住む土地が決められていたからです。
佐賀県もそうです。そのため、軍事的な手法が私達被害者に使われていると考えられ、
グローバル化に乗じて、
その辺りをまぜこぜにしていたい人達がいるのかもしれません。
ターゲッティド・インディビジュアル被害。
これは、周囲にはわかりにくい被害でしょう。
しかしながら、被害は、すでに私の父への被害だけでもご理解いただけるかと思います。
廣田佳子令和5年13時46分