今回で全体講義の紹介は終わりになります。キリが悪く、長めの紹介になってしまいますが、ご了承下さい。

 ここでは、場面に応じた教師の表情についてお話しします。

 障害の特性上子供がどうしても出来ない事については微笑んで優しく教えます。一方子供が怠けてできなかった事に対しては怒った顔、ではなく真剣な顔で対応します。これは子供の心の過敏性や自己肯定感の低さへの配慮です。そのような子供に対しては教師の怒った顔さえ刺激が強すぎるのです。

 特に私の場合「怠けて同じ失敗を2回繰り返した時に注意する」ということを事前に予告しておき、その通りに実行するようにしています。予告するのは、子供に「いつか何かで失敗しても、やり直すチャンスをもらえるから大丈夫」という安心感を普段から持たせておくためです。いつ怒られるか分からない不安感を常に感じていると、その子供の行動はいつになっても安定しません。また、予告した通りに実行しないと「あれ?1回目なのに叱られたよ。次はどうなるの?」等と子供が不安になります。

 子供は失敗する生き物です。その度に叱っていると、そのうちに教師を回避するタイプの愛着不全にしかねません。そこで私は一度目の怠けや失敗の時は、「失敗は成功のもと」という諺の通り「気をつければ次はきっとできるよ」という“励まし”をするようにしています。

 また、直ぐに叱られる子供はしょんぼりして自己肯定感が下がりますが、逆にやり直しのチャンスを与えられた子供は「次はきちんとできるようにがんばろう」と必ず目を輝かせて挽回しようとします。

 つまりこういうことです。一度目の怠けの時には怒らず微笑んで「(優しく)次は気をつけようね」。しかし二度目の怠けの時には真剣な表情で「(真剣に)もう直そうね」と注意します。私はこの指導方法を「段階的注意」と呼んでいます。


 注意による指導の効果は指導者の普段の言動との“差”で決まりますから、普段微笑んでいる先生が真剣な顔をするだけで効果は十分得られます。逆に普段から怒っている先生が注意によって子供の言動を変えようと思うと、もっと強く怒らないと効果は生まれません。そうなれば今回取り上げているような安心感が不足した子供達とは絶対に上手くいきません。

 一方で、命や体の危険に関わる行動の時は例外で、一度目であってもその場ですぐに真剣に注意する必要があります。ただし子供の特性に配慮して、直後に「無事でよかった」等と言いながらハグをしてあげるのがいいと思います。





 次に、問題を抱えた子供の気持ちの受け止め方についてお話しします。

 そのために、以前中京大学にいらした鯨岡峻先生の「養護と教育の働き」という話を紹介します。先生は、子供に対する教師の働きは、大きく次の二つに分けられると指摘されました。

 一つは「子供のありのままの気持ちを受け止める」という「養護」と言われる働きです。いわば子供の気持ちを受容する態度です。

 もう一つは「子供が大人になるための『誘い』『導き』『伝える』『促す』」等の「教育」の働きです。いわば子供の未熟さを指導する態度です。

 鯨岡先生は先ず、「『養護』の働きの“”は『教育』に比べて同じかそれ以上でなければならない」と指摘しています。

 また、両者の“順序”こそが重要であり、特に問題を抱えている子供には、始めは必ず子供の気持ちを理解する「養護」から働きかけ、子供を指導する「教育」はその後にするべきと指摘しています。この順序を逆にして、始めに“お説教”つまり「教育」から始めてしまうと、その後にどれだけフォロー、つまり「養護」を施しても子供は口を貝のように閉ざし大人の話を聞き入れなくなってしまうことがあります。

 因みに、困難特性の説明でお話しした「おれ、今日の給食一人で食べる!」等と言う子供に対して「あなたは一人の方が安心するかもしれないね」と共感するのもこの「養護」の働きです。更にその後に「でも、みんなと一緒に食べるのも楽しいよ」と子供を導けば、それは「教育」の働きになりますが、子供は自分の気持ちに共感してもらった後であれば「言うことを聞こう」と思うものです。

 このように考えると、この「養護」を大切にする指導は「安心7支援」と同様に「指導の大原則」と言えるものだと思います。


注)なお、ここで言う、子供のありのままの気持ちを受け止める「養護」と言うのは、いつもブログでお話ししている“受容”の働きに当たる母性と、また子供の未熟さを指導する「教育」とは、“見守り”や“指導”の働きに当たる父性と、それぞれ同じ意味に当たります。




 では、今の鯨岡先生の話の応用編として、当該児童とその友達との口喧嘩への対応の仕方についてお話しします。

 先ずは子供達の言い分を聞くことから始めます。これは「養護」の働きです。それぞれの子供達から何があったかを平等に聞き出します。この時は子供が「この先生は自分の言うことを聞いてくれそうだ」と思えるように「安心7支援」を意識します。

 次に子供達の言い分を受け止めます。これも「養護」の働きです。「A君は…したかったんだね。分かりました」「B君は…したかったんだね。分かりました」とそれぞれの気持ちを受け止めます。但しこの時は子供の言い分が間違っていることもあるので「あなたの言うことはもっともです」等と正当化するのは危険ですから「分かりました」という受け止め方が適切です。

 ここまでの「養護」の働きかけが出来ると、子供の不満はかなり少なくなり、これ以後の指導がスムーズに進みます。

 次に自分の問題に気づかせます。ここから「教育」の働きに移ります。ここでは二人の言い分を聞いた結果、問題があると判断された児童への個別対応となります。いわゆる子供への“注意“をする場面になりますが、決して責める言い方ではなく、微笑んで穏やかに「自分のしたことをどう思いますか?」等と聞きます。なぜなら、ここでの最大の目的は子供に自分の気持ちと正直に向き合わせることであり、厳しい表情をしてしまうと、特に今回取り上げている感覚が敏感で不安感が強い子供の場合は委縮して自分の考えを話せなくなってしまうからです。

 但しそれでも子供が答えられない時は「あなたのした事は良いことでしたか?それとも良くないことでしたか?」と二者択一で聞き直します。「あなたのした事は良くないことでしたね」等と教師の一方的な判断を押し付けると「先生はやっぱり自分のことを悪い子だと思っている」と普段の不信感を増大させてしまうので避けましょう。自分で判断させて素直に反省できた時は必ず褒めます。

 最後に望ましい言動を教えます。これも「教育」の働きです。具体的には「これからは我慢できないことがあったら、友達に怒らないで担任の先生にお話しするといいよ。こういうふうに話を聞いてくれるからね。」等と正しい対応の仕方を教えます。その後、当該児童から聞いた事柄や指導した内容等を担任の先生に報告します。


 なおこれはあくまで「応用編」なので、子供同士の喧嘩に限らず、個別指導の場面であっても、基本的に問題を抱える子供には始めに「養護」、その後に「教育」という順番で対応します。例えば問題を抱えて保健室に来るような子供に対しても、始めはその子の話をよく聞いてあげる「養護」から始めます。


注)ここでHSC(人一倍感じやすい子供)について、その言動特徴と支援方法を紹介していますが、これについては、下記記事の3、4枚目のスライドを参照してください。





 最後にまとめとして、自閉症、愛着不全、更にHSCでもないそれ以外の健常の子供達への接し方についてお話しします。

 今日の前半で、健常の子供でも大なり小なり自閉症スペクトラムの傾向を持っているということを紹介しましたが、実は愛着不全やHSCについても、全ての子供が大なり小なりそれぞれの傾向を持っています。しかも、それぞれの傾向は単に障害域や病症域に達していないというだけで、どれも本人が抗うことができない特質であることに変わりはありません。

 そのため、全ての子供に安心感を保証する支援を行うことが大切になります。それこそが障害の有無に関係のない共通した支援、いわゆるユニバーサルデザインによる支援です。以下にその支援内容を紹介します。


 まず、全ての子供に「安心7支援」で接することです。健常児は厳しい指導に対して平気なのではなく“我慢”または“委縮”しているだけです。その健常児に「安心7支援」のような子供に安心感を与える支援をすると、今よりも更に生き生きと自分の力を発揮するようになります。


 次に、問題を抱えている子供にはどの子であっても、始めに子供の気持ちを受容する「養護」の働きから加え子供を指導する「教育」はその後で行うとです。普段は我慢できてしまう健常児の気持ちを受け止めることで、その子の中のストレスが解消され活動意欲が更に増します。因みに多忙な学校生活の中にあってはいつも「教育」の前に「養護」を施せるというわけではありません。その場合には「微笑みながら指導する」という「微笑む」ことで子供の存在を受け止める「養護」と、指導を施す「教育」との同時併用でも対応は十分可能です。


 最後に、一度目の失敗の時は励まし同じ事を繰り返した時に注意する「段階的注意」で接することです。一度目は叱られない猶予が安心感に繋がるのは健常児でも同じです。一度さえの失敗も許されず厳しく叱られる経験を繰り返すことによって、健常な子供を今度は教師との愛着不全にして反抗的態度を植え付けてしまうかもしれません。


 なおこれまで紹介してきたように、自閉症の子供が約3%、HSCの子供達が約20%、愛着不全の子供達が約30%合計で50%以上の子供達が安心感を与えるための特別な配慮を必要としている計算になります。更に健常の子供達にもストレスを抱える子供がいることを考えれば、今後の学級経営、学校経営を改善するためにはこれまで紹介したような「子供の失敗を受容する穏やかな支援」を基盤にしたユニバーサルデザインによる支援は必要不可欠になると言えるでしょう。



 次回からは、8月20日に貞静学園短期大学(東京都文京区)で行われた日本家庭教育学会での個人発表の内容を紹介します。