【今回の記事】

教室に入るのが怖い…「誰とでも仲良くするいい子」が高1で突然、不登校になった理由


【記事の概要】

自分は我慢して他の子に譲る子

 亜美さん(仮名)は高校1年生の女子で、「教室に入るのが怖い」ということで受診しました。 幼稚園時代から年下の子の面倒をよくみる子でした。欲しい物があっても自分が我慢して、他の子に譲っていました。小学校入学後は、誰とでも仲良くする子でした。皆が嫌がるようなクラスの係の仕事も、自分から進んで引き受けていました。 
 中学校に入学してからは、仲良しの女子生徒からの相談を受ける機会も多くなりましたが、嫌がらずに相談相手になっていました
 中学3年の夏休み明けから、教室に入ると、同級生からじろじろと見られていると感じたり、陰口を言われていると感じたりするようになりました。そのため、学校を時々休みました。
 全日制高校に入学後、5月の連休明けから学校を休み出しました。そのため、お母さんに同伴され、高校1年の7月に思春期外来を受診しました。

「自分の悪口を言われている」と…

 診察時の亜美さんは、緊張した表情をしていました。「教室に入ると、同級生から常に視線を向けられているようでつらい」と述べていました。同級生が教室の片隅でコソコソと話していると、自分の悪口を言われていると思ってしまいます。亜美さんは周囲に非常に過敏になって、登校できない状態でした。学校を休んで自宅にいても、以前の同級生の自分に対する態度が気になり、頭の中に浮かんできます。それがつらくて、手首を自傷することもありました。

お父さんの顔色ばかり気にして

 お母さんによると、「亜美の不登校は家庭が原因かもしれません。夫が気難しい人なので、私は、夫を怒らせないようにといつも気をつかっていました。亜美にも、夫を怒らせないように気をつかうよう言い聞かせてきました。いつも緊張した家で亜美は育ちました」とのことでした。


 通院を始めて3か月が経ちました。亜美さんの不登校は続いています。診察室で亜美さんは、「私は小さい頃から、周りの人の気持ちを考えるのが習慣になっていました。お母さんから、お父さんに気をつかうように言われて育ちました。だから、お父さんの顔色ばかり気にしてしまいます学校でも同級生に気をつかってきました周りの空気を読んで、その場を平和に収めることに懸命になっていた気がします。自分が何か言うことで、相手を嫌な気持ちにさせたくないので、言いたいことも我慢してきました」と泣きながら話してくれました。

おばあちゃんの焼く煎餅は

 通院を始めて6か月が経ちました。この頃になると亜美さんは、煎餅屋を営んでいるおばあちゃんの家に遊びに行くようになります。おばあちゃんと煎餅を焼きながら、いろんな話をします。おばあちゃんは、何を言ってもウンウンと話を聞いてくれます。ある日、おばあちゃんが、「煎餅にはどれひとつ同じ形はないんだよ。だから、完璧な煎餅なんてありえない。『1+1=3』くらいの気持ちで焼くこと。そう思うと、いい煎餅を焼かなくてはいけないという焦りがなくなる」と話してくれたということです。

 亜美さんはおばあちゃんの話を聞いて、ハッとしました。相手の気持ちを正確に読もうとして、これまで頑張り過ぎていたと思いました。もっといい加減でいいのかもしれないと思うようになりました。


 その後、亜美さんは、高校2年時から通信制高校に転学し、心から信頼できる友達と出会うことができました。今は高校を卒業し、専門学校で元気に過ごしています。


【感想】

 5人に1人いるとされる感覚過敏の HSCの典型的な事例です。上記事のアンダーラインはHSCに見られがちな症状の部分に私がつけたものです。

 亜美さんは、学級で具体的なトラブルがあったというわけではなく、それまで周囲に気を使っていたために溜まったストレスが爆発した形で学校に通えなりました。つまり、同じ特性を持つHSCなら誰でも同じような結果になる可能性があるということです。


HSCの特性

 HSCは感覚過敏の特性のため、周囲の平穏な状況が崩れるような不快刺激には耐えられません。そのため学校でも家でもトラブルを起こさない良い子を演じますが、当然気疲れの毎日です。

 また、「同級生が教室の片隅でコソコソと話しているだけでなぜ自分の悪口を言われていると思ってしまうのか?」と疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、「自分にとって不利な状況を想定しがち」と言うこともHSCの特徴です。一般の人が「こわい、こわい」と過敏に恐れていると、揺れる柳を見ただけで幽霊に見えるのと同じだと思います。つまりHSCの不安感は、怖がりの人がお化け屋敷にいるのと同じくらい強いと言うことでしょう。


 いつか限界が来れば、一番伝えやすい親に対してそれを訴え登校を拒否します。れっきとした防衛本能です。ただし学校で大勢の教師や友達の前で爆発するような大事は過敏な本人自身が耐えられないので我慢します。だから学校では「あんな優秀な子がなぜ登校拒否になるの?」と不思議に思います。


親はどうすればいいか?

 そうならないようにするためには、ストレスを溜めやすい本人の過敏特性を理解して、親が努めて話を聞くようにすることが大切です。加えて、親が普段から「安心7支援


」等で接して気持ちに余裕を持たせておくことも必要です。

 また、この記事にあるような「完璧でなくていいんだよ」という指導も、本人が信頼している相手からであれば素直に受け止めることができます。同じ“指導”であっても、上から目線のお説教は過敏な子供にとっては刺激が強すぎて受け止められません。このおせんべいの話をしてくれたお婆ちゃんも、何を言ってもウンウンと話を聞いてくれる(「安心7支援」の「子供の話を否定せずに聞く」の支援をされる)方だったので亜美さんも受け止めることができたのだと思います。大人、特に親が、普段からこのような存在となるために、「安心7支援」で安心感を与えて子供の心の安全基地になっていることが大切です。


陥りがちな落とし穴

 私たち大人はこの亜美さんのような子供を見たときに、「子供なのに思いやりがあってたいしたものだ」と良い方に捉えてしまいがちですが、これが要注意です。子供が大人と同じような気遣いをし続けることはできるはずがなく、いつか限界が訪れることを忘れてはいけません。

 また、大人が「相手は子供、自分は大人」と意識して、「これくらいなら我慢させても大丈夫」等と無理を通そうとしたり、「大人に相応しい“ふり”」を取り繕うとして嘘をついたりすることも要注意です。感覚過敏のHSCは、大人が隠そうとしている“矛盾”を敏感に察知してそれに対して不満を抱きストレスを溜めます。

 この落とし穴に陥らないためには、私は「親が大人の知人や職場の同僚に接するように子供に接する」と良いと考えています。大人に対しては我慢させたり無理強いをしたり、更には自分の立派さを偽ったりはしません。その矛盾は直ぐに相手に見破られると分かっているからです。逆に「相手は子供」と思っていると「バレないだろう」とたかを括ってしまうのです。


HSCという宝物

 HSCの子供は、さほど敏感ではない子供に比べると多くの配慮が必要になります。しかしそのおかげでストレスの少ない環境で暮らすことができる子供は、多少のストレスなら我慢してしまう一般の子供よりも伸び伸びと自分らしさを発揮して、心優しく勉強にもひたむきに取り組むことができるようになります。その事は、私が31年間の教職中に出会ってきたこのタイプの子供達が私に教えてくれた紛れもない事実です。