【今回の記事】

【記事の概要】
 引きこもる子を持つ親の多くは、最初に「この子を何とか外に出してもらえませんか?」等と相談してくる。そこで今回、全くコミュニケーションの取れなくなった息子に母親が9通の手紙を書いたところ再び会話ができるようになった事例を紹介したい。
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 千葉県に住む内田美穂さんは、長男が中学2年生の時から不登校になり、部屋に引きこもって会話もできなくなった。
 長男は、それまで卓球部のキャプテンとして頑張っていたという。練習のし過ぎによって肩を壊した。そんな時、ちょうどいいから、下半身を鍛えたらいいんじゃない」という内田さんの一言で、長男は一気に気力がなくなり、動けなくなった。
 そして長男は学校にも行けなくなり、普通の生活もできない状態になった。内田さんは長男に「中学卒業後に高校へ行かないなら働いて、将来ここから出ていって!」等と説教した。以来、長男は内田さんと何も話さなくなり、表情が無くなって、寝たきり状態になった。それまでは会話もできていた。
「薬を飲めば治るのではないか」母親としては、何とか元の元気な息子に戻そうとして、長男を無理やり病院に連れていった「俺は普通だ」「俺は病気じゃない」長男は泣きながら訴えた。心がえぐられる思いがした。医師からは「うつ状態ですね」と言われ薬を処方された。

 半年ほど経ったころ、内田さんが見つけた不登校専門のカウンセラーとの電話相談でハッと気づいた。「もう引っ張り出すのはやめよう。心から休ませないと、命の灯が消える」
 引きこもった人の自立支援というと、従来は「外に出すこと」「自立させること」を目的に行われることが多かった。しかし、その枠組みは本人がつくったわけではなく、本人以外の何者かがつくった支援フレームであり、評価基準も第三者の検証もない。そうではなく、安心して引きこもらせよう。息子を今の状態のまま受け入れる内田さんは、強く決心した。
 ただ、長男とは会話が全くできなくなっていた。話ができないから、手紙という形しかとれない。しかも、ただ手紙を書くだけでは読んでもらえないのではないか。そう考えた内田さんは、封筒に「謝りたいこと」と表題を書いた。そして、「今までボロボロのあなたを引きずり上げてごめんね」「今の状態で学校に行ってほしくない」「ゆっくり休もうね」などと手紙に綴った。すると、最初に手紙を書いた直後、長男は4~5回部屋から出てきてウロウロし始めた。ただ、話しかけてこなかったので、我慢して声をかけなかった
 手紙を出し始めてから数カ月後、長男が少しずつ、自分の気持ちを話してくれるようになったその後、中学卒業後の進路を長男が考えるべき時期が近づいてきた。内田さんは自分なりに考え、「バックパッカーになる」「バイトしまくる」などの12項目の選択肢を長男に示した。ただ、12項目の最初に示したのが、「このまま何もしないで休む」だった。「まずその選択肢がなければ、絶対にうまくいかない。我が子との関係を築いた上で、ゆっくりするという選択肢を作る。この最初の1項目が大事なんです」そう説明する内田さんは、今は全てを受け入れている。本人が考えていることが伝わってくれば任せていられる。進学してほしいとは思っていない。「自分で将来を開拓していけばいい」というスタンスで子を見ていられるようになった。
 結果的に、内田さんは、9通の手紙を書いた。手紙は、自分自身と向き合うツールにもなった。自分自身の中にある気付きにも出会えた。書くことで、もやっとしていた考えがはっきりする。書いているうちに、自分自身が明るくなっていくのも分かった。内田さんは「ありのままでいいよ」と長男に書き続けた。すると、「自分もそれでいいのかな」と思い始めて、幸せのハードルが一気に下がったという。
 長男は、12項目のいずれの選択肢も選ばなかった。公立高校の後期の受験に間に合うことが分かって、試験日まで一気に勉強して合格した。不登校は中学3年生で終わり、高校からは学校に通い始めた。

【感想】
 今回の記事は、実際に不登校に陥った子どもの事例を紹介したものですが、現在は同様の問題を抱えていない家庭にとっても大変示唆深いものであると考えます。なぜなら、この事例に登場する長男は、卓球部のキャプテンとして頑張っていた時に怪我をして、その時母親が良かれと思ってかけた言葉が原因となって、一気に気力がなくなったと言います。部のキャプテンを務める程の子どもでも、不慮の怪我がきっかけでこういう事態に陥るのですから、こういうケースは、どの家庭にもあり得ると思うのです。

 ここでは、記事中の個々の記述に沿って、気が付いた点(→)をお話ししたいと思います。

どんな言葉をかけるべきか?
ちょうどいいから、下半身を鍛えたらいいんじゃない
中学卒業後に高校へ行かないなら働いて、将来ここから出ていって!」との記述。
「ちょうどいいから、下半身を鍛えたらいいんじゃない」とは、落ち込まずポジティブに考えて欲しいと願い良かれと思って母親が欠けた言葉だったと思いますが、子どもにとってはショックが大きかったようです。
 ではどうすればよかったのでしょうか?問題を抱えた子供に対してするべきことは、説教等ではなく、先ずは子供のありのままの気持ちを受け止めること(下記「養護」の働き)です。

「今までキャプテンとしてよく頑張ってきたのにショックだよね」
「あなたがこれまでどれだけ努力してきたかお母さんも痛いほど知っている」
等と本人の気持ちに共感する言葉を、病院に行かせたいのであれば、努めて本人の意思を尊重する形で
「もしよかったら病院に行ってみない?」
等の言葉が望ましいと思います。

引きこもり問題の第一目標は?
引きこもった人の自立支援というと、従来は『外に出すこと』『自立させること』を目的に行われることが多かった」との記述。
→目標を、初めから家からの外出や社会的自立を目標にすると、本人にとってはハードルが高過ぎると思います。そのため、引きこもり状態が長くなり問題が深刻化してしまう家庭が多いのではないでしょうか。
 引きこもりはとてもナイーブな問題であるだけに、目標達成は極力スモールステップ方式で、先ずは家族間の人間関係の修復に目標をおくことが重要だと思います。「家族間の関係の修復」とは、即ち、家族間の愛着(愛の絆)の修復です。この方法は愛着形成を促す支援である「安心7支援」によります。

どちらの愛着場面にいるか?
安心して引きこもらせよう。息子を今の状態のまま受け入れる
我が子との関係を築いた上で、ゆっくりするという選択肢を作る
あの時私が伝えた自立を促す発言と、本人から『病気じゃない』と言われたのに私が無理やり病院へ連れて行った行動は、息子を地の底に叩き落とすような行為でした」との記述。
→不登校と言う、いわゆる“内向”状態(下表「充電場面」)にいる子どもに対して、自立を促す父性の働きを加えたり、子どもの受容に反する行為を行ったりすると、問題をさらに深刻化させてしまいます。要は、子供の実態に即した支援をすることです。

 与えるべきは、記事中にあるような「今の状態のまま受け入れる」「我が子との関係を築く」を、穏やかで肯定的な支援である「安心7支援」によって具体化すること。それによって子どもには「安心感」が保証され、親子間の愛着(愛の絆)も修復に向かうことが予想されます。

 その結果、この長男は、公立高校の後期の受験に間に合うことが分かって、自主的に試験日まで一気に勉強して合格したそうです。愛情エネルギーが十分になると子どもは自ら探索行動に移ろうとするのですね。母親という安全基地の存在は実に大きいです。

会話を取り戻すためには?
『今までボロボロのあなたを引きずり上げてごめんね』『今の状態で学校に行ってほしくない』『ゆっくり休もうね』等と手紙に綴った
手紙を出し始めてから数カ月後、長男が少しずつ、自分の気持ちを話してくれるようになったとの記述。
親子関係の会話が成り立っていない場合の絆の修復の有効な手段として「手紙」は有効です。その際の内容に、本人の気持ちに気付いてあげられなかったことへの謝罪と共感の気持ちを記すことは問題の改善に有効に働くでしょう。

子どもの求めに応じた支援を
長男は4~5回部屋から出てきてウロウロし始めた。ただ、話しかけてこなかったので、我慢して声をかけなかった
→自分から部屋を出て来たのですから、ややもすると「何か話したいことができたの?」等と質問しがちです。しかし、特に敏感な時期であるだけに「お前に用があって出て来たんじゃねえ!」と反発されることもあり得ます。せっかく治りかけだった傷口のかさぶたを傷つけてしまうような事態にならないとも限りません。
 精神科医の岡田尊司氏は、良い安全基地の条件の1つとして「応答性」(相手が求めている時に応じてあげること)を挙げています。その意味からもこの時の母親の選択は正しかったと思います。
 更に「部屋から出れたんだね」という思いを込めて、子どもと視線を合わせにっこり微笑むという肯定的行為を「安心7支援」から選んでするのが丁度いいのではないかと思います。それで気持ちは十分伝わると思います。

 以上、
第一目標を『外に出すこと』『自立させること』におかなかったこと
子どもに安心感を与え親子関係を修復する支援に徹したこと
会話を取り戻すために手紙という手段を使ったこと
子どもの求めに応じた支援をしたこと

これらのことが功を奏して長男は引きこもりから立ち直りました。この事実は、私達に大きな示唆を与えてくれるものだと考えます。