【今回の記事】
「母という病」岡田尊司著(ポプラ新書)より

【記事の概要】
 伝説のロックバンド、ビートルズのメンバーであったジョン・レノンもまた、“母という病”を抱えていた。

 母親のジュリアは、恵まれた中流家庭に育ったが、末っ子で甘やかされたせいもあってか、堅実な姉とは対照的に、感情のままに生きる奔放な性格の女性だった。
 そのジュリアが結婚相手に選んだアルフレッドも、結婚相手としてふさわしいとは誰も思わなかったような問題の多い男性だった。アルフレッドは、9歳の時に親が亡くなったため孤児院で育った人で、客船の客室乗務員として働いていた。浮気性で無計画の上に、あまり品行方正とは言えなかった。しかし、ジュリアは周囲の意見に耳を貸すことなく、アルフレッドと一緒になる。
 だが案の定、その結婚生活は最初から不安定なものとなった。ジョンが生まれても、夫は、滅多に家には戻ってこなかった。休みが不規則な上に、たまに陸に上がっても、金が無くなるまで遊び歩いたのだ。また、ジュリアのほうも、おとなしく夫の帰りを待つようなタイプではなかった。若い陸軍将校と浮気し、子どもまで身ごもってしまう。妊娠していることが分かった時には、将校は次の勤務地に旅立った後だった。(中略)そんなことにも懲りず、ジュリアは、今度はジョン・ダイキンズというホテルのウエイターと懇ろになり、一緒に暮らし始めた。こうした不安定な家庭状況が、幼いジョンにも影響し、情緒不安定なところが見られるようになっていた。
 そんな状態を放置できないと、介入したのが、ジュリアの姉ミミだった。ミミは、自分がジョンを引き取ると妹に申し出た。(中略)結局、ミミ夫妻がジョンを引き取り育てることとなった。(中略)ミミは、混乱を極めていたジョンの生活に秩序と安心をもたらし、幼いジョンの状態も落ち着いていった。ミミ夫妻には自分の子がいなかったので、文字通り我が子以上に可愛がってジョンを育てた。しつけも怠らなかった。悪い事は口やかましいくらいうるさく言い聞かせた。むしろ、甘やかしたのは、ミミの夫ジョージの方だった。
 ジョンは、あまり勉強熱心と言うわけではなかったが、成績も優秀で、ことに美術に優れた才能を見せた。難関のグラマースクール(中高一環の公立進学校)に進めたのも、彼の能力とともに、安定した家庭環境がジョンを支えたことが大きかっただろう。
 しかし、グラマースクールに進んだ頃から、ジョンは母親のジュリアと再び接近し、毎週のように会うようになる。それ以前も、たまに遊びに行くことはあったが、目に見えてその回数が増えた。それとともに、ジョンの生活態度や成績に明らかな変化が見られるようになる。教師に対して反抗的になり、成績は急降下した。タバコを吸い、万引きをするようになった。やがて酒の味も覚え、ひどく酔っ払うこともしばしばだった。
 (中略)
 それにしてもジョン レノンのような偉大な才能にとっても、“母という病”は何ら変わることなくその心を痛めつけ、支配するのだと言うことを思い知らされる。

【感想】
愛着は生後の後天性のもの
 ジョン・レノンジョンの母親とその姉ミミ。同じ親に育てられたこの姉妹がまるで正反対の気質の持ち主であったという事実。このことは「愛着は遺伝によって決まるものではない」と言うことを物語っています。つまり、養育者の努力次第で、子どもの人格を安定したものにできるのです。
 本著で岡田氏は、姉ミミとの人格の違いの要因の一つに「末っ子で甘やかされた」ことを挙げています。「甘やかされた」という面よりも、兄弟にありがちな、親にとって初めての子どもである長男・長女はきめ細やかな養育を受ける一方で、親にとって複数回目の子どもである末っ子は親が油断してあまり手をかけられないことが多いという側面の方が愛着形成に影響を与えると思います。この場合は「回避型」愛着不全のリスクですが、末っ子が全て「回避型」になると言うことではありません。あくまで、親自身の養育態度や人格が大きく影響していると思います。因みに私も末っ子です。

愛着は修復可能
 ミミに引き取られるまでジョンが母親から受けていた養育が、正常な母子間の愛着の育成を阻むものであったであろうことは、容易に想像できます。
 しかし、ミミに引き取られた後のジョンの変容ぶりを見ると、改めて「養育者が変わると子どもの人格も変わる」ということに気付かされます。このことから、たとえ同じ養育者であっても、子育てに対する考え方が良い方向に変われば、同様のことが起きるだろうことは容易に想像できます。「愛着は後天性のものだから、環境が変われば愛着も変わる」と言葉で何度も説明するよりも、実例を示す方が説得力があるというもの。正に「論より証拠」ですね。
 もちろん、母子間の愛着が最もスムーズに行われるのが生後1歳半までであることは事実です。しかし「その頃は十分に世話ができなかった」からと言って「もう手遅れ」ではないのです。なぜなら、子どもはいつでも親に愛されたいと思っています。その親から発信された「子どもを見る」「子どもに微笑む」「子どもの話を聞く」等の具体的な愛情行為(例「安心7支援」)のサインを子どもは決して見逃しはしないのです。
 逆に、秩序正しい生活をしていても、子どもに接する大人の環境がマイナスに変われば、その人格は容易にまた逆戻りすることも、この記事から分かります。

愛着崩壊現象は今も進行中
 夫がいながらも、若い陸軍将校と浮気し、子どもまで身ごもってしまったジョンの母親は、先月、3歳女児を8日間自宅に放置し死亡させた梯沙希容疑者と、子育てに対する接し方が似ているような気がします。仮に亡くなった女児にも、ジョンの母親の姉ミミのような存在がいれば、事の経過は変わっていただろうと思われますが、当時のイギリスも、まだモバイル機器が殆ど普及しておらず、愛着崩壊現象もそれほど進んでいなかっただろう時代であったからこその親族関係であったと考えることもできます。
 一方で、日本では、生涯未婚率は下図のように相変わらず上昇中であることはもちろんのこと、飲食店では「お一人様」客が増えたり、職場では若者が飲み会に参加しなくなったりと、人間同士の愛着が弱くなっている実態がより露わになっています。つまり、残念ながらジョン・レノンのような問題改善は起こりにくいと考えざるを得ないのが今の現実と言えるでしょう。