読んでみると、この事件の1番の要因は加害者Aの母親のヒステリックな気質であることが分かりました。しかし同じような気質を持っている母親は世の中にたくさんいるはずです。それでもなぜその母親の子どもだけがあのような残忍な犯行に及んだのでしょうか?
私は先の「早期離乳」の謎と合わせて、この本を読み進めていきました。
◯最愛の祖母と愛犬の死
文献によれば、その少年に起きた最も大きいターニングポイントは、Aが小学5年生の時の最愛の祖母と愛犬の死でした。文献では、Aにとって両者を亡くした事が彼を「脅迫神経症的性格」へと導いたと記されていました。この脅迫神経症的性格と言うのは、次のような多岐に渡る傾向を示すものだそうです。
・優しさと残忍さと言う“二面性”
・「母親は自分の実の母ではないのではないか」と言う“強迫性疑惑”
・金魚、鳩、猫などの動物虐待や児童、生徒への暴力やいじめと言う“加虐性”
・死んだ愛犬の餌を盗んだ猫を殺してから猫殺しを反復したという“反復脅迫”
・完全犯罪をしたいと思う“完全癖”
・カエル、魚、鳩等を解剖した“穿さく癖”
・バタフライナイフやサバイバルナイフ等を11本、ビデオ100本以上、殺した猫の目玉の入ったフィルムケースや猫の舌の瓶詰めを持ち歩くなどの“所有欲”
・「人を殺してみたい」と言う“強迫性殺人衝動”
・殺人日記を自作の神への報告と祈りという形で書いていた“宗教的傾向”
・祖母の死後、母に対する恐怖から、自室で寝る時に犬やアヒル等のぬいぐるみを自分の周囲に防波堤のように置いていた“強迫性就眠儀式”
ただ、自分を可愛がってくれた祖母や愛犬を亡くしてしまうという経験も多くの子どもが体験することです。しかしこの両者の死はAにとってただの死ではありませんでした。 なぜなら両者は、Aにとって、鬼ほどに恐ろしい自分の母親から守ってくれるかけがえのない心の「安全基地」だったからです。
しかし、繰り返しになりますが、Aの母親のようにヒステリックな母親というのはこの世の中に数多くいます。それなのに、なぜ「脅迫神経症的性格」を発症してしまうほどに自分の母親が恐ろしい存在になってしまったのでしょうか。
◯母親による排便トレーニングの罪
その答えは、Aが1歳にも満たない頃に始まった母親による厳しい排便トレーニングでした。
精神分析学者のフロイトによれば、幼児には、生後1歳半から3歳頃の間に大小便のコントロールができるようになる「肛門愛期」と言う時期があるそうです。彼の母親はAが生物学的にまだ排便コントロールができないうちからとても厳しく躾けようとしました。子どもは糞便によって直腸や肛門の粘膜を刺激されることで受動的快感を覚えるそうですが、彼の母親はこの快感を禁止または妨害しようとして大声で叱ったり手で叩いたりつねったりしました。 この経験によってAの中に母親に対する強い敵意や憎悪が生まれたのだそうです。
◯排便トレーニングと愛着形成
正直私には、この「糞便によって直腸や肛門の粘膜を刺激されることで覚える受動的快感」が乳児にとってどれほど大きい意味を持つか今ひとつピンときませんでした。そこで更に調べてみると、このフロイトの性的発達理論は、その後発達心理学者エリクソンが唱えた社会的発達理論の元になっていたことが分かりました。 エリクソンは生後1歳半までの時期を「乳児期」として、子どもにその後の“世界”(人生)に対する希望を持たせるために母親に対する絶対的な信頼感を獲得する時期と定義しています。この、母親に対する絶対的な信頼感を獲得するとされる1歳半までの時期は、精神科医の岡田尊司氏による「子どもの人格形に一生に渡って影響を与えるとされる愛着を形成できる臨界(限界)期は1歳半」という定義と、“目的”も“時期”も一致するものです。その考えの元となったフロイトは、子どもが自力で排便コントロールできるようになる1歳半までを「口唇期」とし、その時期が過ぎて初めて自分で排便コントロールができるようになると定義しました。つまり乳幼児にとっては1歳半までの時期は「口唇期」(フロイト)→「乳児期」(エリクソン)→「愛着形成期」(岡田)と、子どもの一生の基盤を築くという同じ意味を持つ時期として受け継がれてきたと捉えることができます。
A少年は、その大切な時期に、本来自分の最大の味方となるはずだった母親から、 生物学的に不可能な行為を一方的に厳しく躾けるという正に“虐待”にも当たる深い傷を心に受けたのです。
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さて、例によって長くなってしまいましたので今回はここまでにしたいと思います。続きは明日紹介します。
明日は
◯「この事件から得られる教訓」
◯当時誰も指摘しなかったこと
◯子育てとこれからの社会
この3点についてお話しします。