【以下本記事目次】
1. ある病院での出来事
2. 人間関係の基本とは?
3. 「ありがとう」「ごめんなさい」を習慣づける方法
4. 習慣化のために一番大切なことは親の手本

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1. ある病院での出来事
   筆者が、ある病院に健康診断に行った時のことです。
   心電図検査を行うことになりました。対応してくれた看護師さんが「心電図検査を行います」と言ったので、私は習慣的に、靴下をくるぶしが見える位置まで下げました。すると、その看護師さんは、
靴下、ありがとうございます
と言ってくれました。こちらの僅かな行いに対して発せられたその言葉を受け、私は、「この看護師さんは、相手目線、患者目線で対応してくださる方」という印象を受けると同時に、その看護師さんに対して得も言われぬ信頼感と安心感を抱きました。
 
   その看護師さんのような対応ができることは、職業人として過ごすうえで大きなアドバンテージになると同時に、プライベートにおいても、家族や知人から慕われるに違いありません。子ども達には将来、ぜひそういう大人になって幸せな人生を送ってもらいたいものだ、そう感じた一コマでした。

2. 人間関係の基本とは?
 さて、アメリカの心理学者アブラハム・マズローによれば、私達人間は健康的に生きていくため、満たさなければならない五つの欲求を本能的に持っている(「五段階欲求説」)とされています。それは、以下の5つです。
⇨最も原始的な①から優先的にその欲求を満たしたいと考え、①が満たされると、自動的に②の欲求を満たそうと考えます。後は、同様に順次欲求を満たそうとします。
①生理的な欲求(寝たい、食べたい、排泄したい等)
②安全性の欲求(戦争、DV、いじめなどが無い安全な環境の中で生活したい)
③所属・愛情の欲求(誰かと心の絆で繋がっていたい)
④承認・尊重の欲求(他者から認められたい、他者から大切に思われたい)
⑤自己実現の欲求(自分らしく生きたい)

 これらの中で、私達が日常生活を好ましい人間関係を保ちながら過ごすために、重要な役割を持つ欲求があります。それは、「④承認・尊重の欲求」です。他者から認められたい」「他者から大切に思われたい」と思うこの「他者」こそが、私達を取り巻く友人、知人、同僚達であり、その誰もが、周囲の人達から「認められたい」「大切に思われたい」と願っています。それが人間の本能なのです。

 この、「他者を認める」「他者を尊重する」意思表示の方法にはいくつかあると思いますが、ここでは便宜的に、「他者を認める方法」として、相手からお世話になった時に「ありがとう」言うこと、「他者を尊重する方法」として、相手に迷惑をかけた時に「ごめんなさい」と言うこと、と捉えることにします。
   子ども達(仮にAさん)は、成長後様々なシーンで、周囲の人達から、「Aさんから『ありがとう』と言ってもらいたい」「Aさんから『ごめんなさい』と言ってもらいたい」と思われます。そういう時に、子ども達に「ありがとう」や「ごめんなさい」を言う習慣がついていないと、
せっかくお世話してあげたのに何も言われない
迷惑をかけられたのに何も言われない
と、不信感を抱かれてしまいます。その後は、きっとその人達からの信頼を失い、人間関係を狭めてしまうことになるでしょう。
 
   つまり子ども達には、今のうちに人間関係の基本とも言える「ありがとう」「ごめんなさい」を言う習慣をつけてあげる必要があるのです。


3. 「ありがとう」「ごめんなさい」を習慣づける方法
 これらの言葉を習慣化するためには、今の子ども達の生活の中に、それらを話す機会をたくさん作ることが必要です。そうすることで、いざという時に、自然と「ありがとう」「ごめんなさい」が口から出てくるようになるでしょう。

    その練習の場は、ズバリ“家庭”!日常の家族生活の中に“ある会話の流れ”を作るのです。そのスタートは、子どもが家族に何かしてもらいたいことがある時に、まず始めに、「…してくれる?」等のように、そのことを相手がしてくれるかどうかを“伺う”ことです。
   例えば、食事中に、子どもがご飯をもう一杯食べたいと思ったときに、「おかあさん、ご飯おかわり!」と、いかにも親がご飯をよそうのが当たり前のように一方的にお願いするのではなく、「お母さん、ご飯お代わりもらえる?
伺わせます。その後、親がご飯をよそって
どうぞ
とお茶碗を渡してくれたら、子どもは
ありがとう
を言うのです。言うならば「伺い会話方式」とでも呼べばいいでしょうか。(ただし、これはあくまでベターな方法です。ベストなのは、自分がお代わりしたければ自分でよそうことですね。)

   また、生活の中では、頼まれた家族が何かの理由で、子どもの依頼に応えることができない、という場面も起こります。そんな時には、
ごめん、今○○で忙しいの。自分でしてくれる?
等のような対応をしましょう。子どもは、「相手は自分の思い通りに動いてくれるばかりではないんだな」と、相手の立場にも気づくでしょう。
   更に、この時、親が子どもに対して「ごめん(なさい)」という言葉をかけて見せることによって、子どもは、「あ、大切にされている」と、自分の立場を尊重する言葉をかけてもらうことの大切さを身を持って知るでしょう。
 
 これには当然、逆の立場での場面も起こります。つまり、家族の誰かが、子どもに「……してくれる?」と依頼するシーンです。
 家族から頼まれ事をされた子どもは、「いいよ」と言ってその依頼に応えます。すると、家族から「ありがとう」の言葉が返ってきます。子どもは、今度は「ありがとう」を言われることの大切さを感じることでしょう。子どもが引き受けられない場合には、普段の親を手本として「ごめん、今できないんだ。」と相手を尊重する「ごめんなさい」の言葉を家族にかけるでしょう。
   また、依頼内容が子どもにとって負担が大きいと思われる場合には、
悪いけど、……してくれる?
とすることで、更に相手を尊重する言動を、手本として子どもに示すことができます。それが習慣化されれば、逆の立場の時に、子どもも家族に「悪いけど、…」と付け加えて話すでしょう。
 
   更に、「……くれる?」という言い方は、直接「ごめんなさい」という言葉を発してはいないものの、「……して!」とは違い、相手の気持ちを尊重している気持ちが表れています。言われた相手からすれば、「自分の気持ちを尊重してもらえた」と思い、双方の人間関係はより親密なものになるでしょう。その言葉を子どもが口にすることも、相手から言われることも、いずれも、子どもが“相手を尊重する”ことを学ぶ貴重な経験になるでしょう。

 以上のように、家族同士で頼みごとをする場面は、日常生活の中には数え切れないほどあります。子どもは、それだけ「ありがとう」「ごめんなさい」の言葉や気持ちにふれ、自分が大人になった時のための大切な学習を繰り返すことになるのです。
 
4. 習慣化のために一番大切なことは親の手本
    既にお分かりのことと思いますが、この習慣づけに必要不可欠なのは、親御さんが相手を承認したり、尊重したりする言動を、日常的に子どもに手本として見せてあげることです。
   先の「頼み事会話」以外の場面でも、親が家族に「ありがとう」や「ごめんなさい」の言葉をかける場面はたくさんあるはずです。その一つが子どもによるお手伝いです。お手伝いは家族みんなのためになる家事を子どもがしてくれる行為です。それを子どもがしてくれた時こそ、親が子どもに「ありがとう」の言葉をかけるチャンスです。どんな小さな手伝いでも構いません。新聞受けから新聞を取ってきてくれたら「ありがとう」、お茶碗を並べてくれたら「ありがとう」等々…。それを毎日の作業に習慣づけることができれば、子どもは毎日親が「ありがとう」を言う手本を見ることができますし、それを自分が言われるとなれば、感謝の言葉がどれほど他人の心に響くかが良くわかるはずです。

 親が習慣的にそれらの言葉を使う家庭で育った子どもは、それらを良き言語環境として学び、成長していくに違いありません。