「来年、ADHDの女の子が通常学級に入学してくる」

そんな情報が、私が現職だった当時の小学校に飛び込んできました。それは、来年度小学校に入学してくる子どもたちの実態を、知能検査や医師による診断などによって把握する「就学時検診」が行われた時でした。ADHD(注意欠陥多動性障害)のその女の子は、特に多動面の傾向が強く、道路への飛び出し日常茶飯事の子どもと言うことでした。


    当時、特別支援学級の他に、生徒指導主事も兼任していた私は、朝の登校(集団登校)に、その子の支援に当たることを志願しました。私はある作戦を持ってその子の支援に臨みました。それは「スモールステップ作戦」です。



    初めの日は、その子の家まで車で行き、集団登校の列に混じって、その子と手を繋いで歩きました。手を繋いでいたためか、落ち着いて歩くことができました。その間、何度も「お利口さんに歩いているね」と褒めました。学校に着いたときにも「最後までお利口さんに歩けたね!」と褒めました。それを3日程続けました(車は学校に着いた後に、その子の家まで教頭先生に車に乗せてもらって取りに行きました)。

    その後、今度は手を繋がずに、その子の横を歩きました。歩き始めて直ぐに「手を繋がなくてもお利口さんだね。すごい!」と褒めました。学校に行くまでに何度も褒めました。学校に着いたときには「手を繋がなかったのに、最後までお利口さんに歩けたね!すごい!」と褒めました。それを3日続けました。

    次は、その子のすぐ後ろについて歩きました。その時もその子は落ち着いて歩いていました。今度はおしゃべりをしていない時をねらっておしゃべりをしないで歩いてる!えらい!」とその子の真後ろから褒めました。何度も褒めました。もちろん学校に着いたときも褒めました。それを3日続けました。

    その次は、集団登校の列の一番後ろについて歩きました。その女の子は先頭の6年生の班長の直ぐ後ろを歩きます。その子と離れはしましたが、やはり落ち着いて、おしゃべり一つせずに歩きました。

   その次は、私はいよいよ集団登校の列には入らずに車に乗って10mくらい進むごとに車を停めて、車の窓越しに褒めました。歩き方は変わらず落ち着いています。

    その後は、車を停める間隔を徐々に伸ばしながら、車を走らせました。最後にはとうとう、一度も私が褒めることなく落ち着いて学校まで歩いて登校できるようになりました。

    いよいよ卒業試験の時がやって来ました。私はその集団登校班が出発する前に、「今日はいよいよ先生がつかないで学校まで歩いてみるよ。今まで通り、おしゃべりをしないでお利口さんに歩けるかな?」と話し、学校まで車を走らせ、学校で待っていました。すると、その子の登校班の姿が見えてきました。いつものように歩いているように見えます。学校に着いた時、私は「〇〇さんがいつものように歩けたか、班長さんに聞いてみようね。」と言い、その子のすぐ前を歩いていた班長の子どもに、「〇〇さんの様子はどうでしたか?」と聞いてみました。すると班長はニコニコして「はい、いつも通りおしゃべり一つせずに、自分の場所を守って歩いていました。」と、まるで自分のことのように嬉しそうに教えてくれました。私が「点数にすると何点くらいでしたか?」と聞くと、間髪入れずに「100点でした!」と答えてくれました。私は、ゆっくりその女の子に視線を移すと、「〇〇さん!やったね!班長さんが『100点』て褒めてくれたよ!あなたは合格です!おめでとう!」とハグをして大いに褒めました。班長さんにも、「あなたの褒め言葉が、この子にとっては最高のプレゼントのようです。これからも褒めてあげてくださいね。」と一言告げました。


    発達障害は先天性の特質です。そのため、改善が難しいと思われるのか、一般的に、ADHDの子どもに対しては、投薬による治療が多く見られます。しかし、薬が切れれば、また元に戻ります。つまり、投薬のねらいは、行動そのものを落ち着かせることにあるようです。


    私は、発達障害の症状は、薬に頼らなくても、穏やかな人間関係の中でたくさん褒めることで緩和できると考えています。それも急にではなく、本人にできる範囲でのスモールステップ式で。事実、多動傾向の強い今回の女の子の行動も改善しました。ですから、たとえ投薬したとしても、そのねらいは、行動を落ち着かせることそのものではなく、行動を落ちつかせてたくさん褒めこと、そこにあるはずだ、と思っています。

    投薬すると子どもは落ち着き、大人は安心します。しかし、それで終わりになり、「とても落ち着いて勉強に取り組んでいるね!」と褒めるチャンスを逃していることが多いように思います。投薬が終わっても、行動が落ち着くようになる為には、子どもの“心”が変わる必要があります。「“心”が変わる」とは子どもの自信自己肯定感が高まることです。発達障害の子どもは、その“暮らしにくさ”のために、「どうせ自分なんか!」と普段から自分に対する評価が低く、それが過大なストレスをもたらしています。それを改善するためにはどうしても「子どもを褒める」、そのことが必要なのです。

    因みに、「穏やかな人間関係」の作り方は、もちろん「愛着7」による愛情行為です。