神奈川県大井町の東名高速で昨年6月、あおり運転で停車させられたワゴン車が後続のトラックに追突されて夫婦が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)などの罪に問われた石橋和歩被告(26)の裁判員裁判で、横浜地裁は14日危険運転致死傷罪の適用を認め、懲役18年を言い渡しました。

   裁判の最大の注目点は、「危険運転致死傷罪が、運転中ではなく停車状態にあった今回の事例に適用できるのか?」と言う点でした。なぜその適用が確定できなかったかと言うと、2000年(平成12年)に神奈川県座間市の座間南林間線小池大橋で起きた自動車事故をきっかけに、新たに「危険運転致死傷罪」が新設された改正案を国会で成立させた時に、停車中のケースまで想定していなかったためでした。
   しかし、今回新たに高速道路の追い越し車線に強引に停車させた石橋和歩被告が現れ、停車中のケースを裁く法律がなかったために、その適用の可否が注目を集めたのでした。2000年に神奈川県座間市で起きた自動車事故も凄惨なものでしたが、今回はそれさえ上回る事態に陥ったのです。

   私は個人的に、こういう感情に任せた残忍な犯行が起きないようにするには二つの方法があるのではないかと考えています。

   まず一つ目は、社会で生活する皆が、「互いに尊重し合う」気持ちを持つということです。今回の石橋被告の危険行為に走ったきっかけになったのは、不運にして亡くなられた父親(萩山嘉久さん)が思わず発した「じゃまだ、どけ!」と言う言葉でした(石橋被告には「じゃまだ、ボケ!」と聞こえてしまっていた)。しかし「じゃまだ、どけ!」という言葉をかけられて「カチン」ときたとしても、“反社会勢力”でもない限り、暴力行為に及ぶことはありません。萩山さんもきっとそう思っていたのだと思います。しかし、不運にもその反社会勢力まがいの一般人が、萩山さん一家の前に現れてしまったのです。更に、この石橋被告に限らず、感情的になって危険なあおり行為をする輩は他にも多くいます。


そのような狂犬のようにピリピリしている人間は、人間関係能力が欠如し、いつも他人と衝突しながらストレスだらけの生活しているはずです。そんな人間に対しても、私達が「互いに尊重し合う」気持ちを持って接することが、結果的に彼らのストレスを軽減することにつながるのではないかと思うのです。
   また、私達の中には、この石橋被告とは別に、生まれながらにして“感覚過敏”の特性を強く持っている人もいます。そういう人達のために、必要以上に大きな声や乱暴な言葉を使わないようにすることは間違いなく大切なことです。
   そういう社会が実現すれば、今回のような感情的な凶悪犯罪は少しは減るかもしれません。しかし、石橋被告のような人間がいる限り「0」になることは永遠にないでしょう。

   二つ目は、その点の改善です。先に紹介した2000年に起きた神奈川県座間市での自動車事故までは「業務上過失致死罪」しかなかったのですが、飲酒運転、無免許運転、無車検、無保険の末に、自動車で歩道に突っ込み大学生2人を死亡させる加害者が現れたことによって、新たに「危険運転致死傷罪」が加えられたのです。そして今回は、石橋被告という、さらにそれを上回る凶悪な人間が現れ、法律の適用が危ぶまれました。おそらく、近いうちに、停車中を想定した新たな法整備が行われることでしょう。そしておそらく、今後も更に凶悪な人間が現れることも十分考えられます。つまり、時代とともに私達の想定を上回る危険人物が次々と現れてきているのです。

   しかしなぜ、時代が移り変わるたびに、過去を上回る凶悪な人間が現れるのでしょう。我が国の「愛着」研究の第一人者である精神科医の岡田尊司氏が提唱している考えをベースに据えている私としては、時代とともに進むゲーム機やスマホ等のモバイル機器の普及が、人間の一生の人格に影響を与える「愛着」の崩壊に拍車をかけているためではないかと考えています。特に、モバイル機器の普及によって、「テレビ育児」や「ながら育児」等が進行すると、子どもに対する世話が疎かになるために、子どもが「回避型」の人格に陥るリスクが高くなります。すると、自分に対して世話をしてくれなかったり、いつも否定的な言葉をぶつけてきたりしていた大人への不満が要因となって、周囲への反抗や攻撃性を持った大人になることが多いのです(岡田氏は「『愛着』は第二の遺伝子」と指摘)。
   更に昨今急増している虐待行為によって、近い将来、周囲の人間に対する怒りを更に強く持つ大人が現れることは想像に難くありません。

   以上のように、社会の中で、皆が乳幼児期の「愛着」形成の大切さを認識して養育に当たることこそが、今回の事件に代表されるような治安が悪化した社会を改善するのです。そして、そのことが今回の事件で残されたあの姉妹の思いに応えることになるでしょう。