数ヶ月前に私の自宅の隣に、あるご家族が引っ越してきました。ご両親と未就学の3歳くらいの男の子の3人家族です。その男の子はとても元気で、引っ越して来て間もない頃は、私と会っても何も気を止める様子もありませんでした。
   しかし、その子を見ると、現職の頃の血が騒ぎ出し、無意識のうちに“あること”に気をつけて接するようになっていました。すると、その子は今では、私に会うと必ず自分から「こんにちは」と笑顔で挨拶するようになっています。私が気をつけた“あること”とは、どんなことだったのでしょう?

   その子と私が出会うのは、夕方にその子がお父さんやお母さんと車に乗って買い物から家に帰ってくる時です。私はその親子に出会うと、始めにお父さんやお母さんと「こんにちは」と挨拶を交わし合います。すると、その時一緒にいるその男の子と目が合うことがあります。しかし私はその子には声をかけません。私がしたことは、ただその子を“見て微笑む、それだけです。始めのうちは、何も起こりません。しかしその後、同じことを続けていると、3回目くらいに、小さな声で「こんにちは」と言ってくれました。私は、「自分から挨拶してえらいね!こんにちは!」と返しました。その後も、私は会うたびに、“見て微笑む”を繰り返しました。その子は、会うたびに、笑顔で生き生きと自分から挨拶するようになりました。先日は、帰ってきた時間が遅かったようで、いつものように「こんにち…」といいかけたところで、「こんばんは」ととっさに言い換えました。感心してしまいました。
   さて、私の“見て微笑む”支援だけで、その男の子はなぜここまで変わることができたのでしょうか?そこにはある3つの秘密が隠れています。以下に、一つずつ紹介したいと思います。

①「自立4支援
   今回のいわゆる“指導テーマ”は、「挨拶を自分からする」でした。往往にして見受けられるのは、指導者の方から「挨拶を自分からするのですよ」と教えて、できていないと叱る、と言うパターンではないでしょうか?今回の場合は、私は「挨拶を自分からする」という活動を子どもに任せ見守ったのです。そしてできた時には必ず褒める。この3つの支援は正に「自立4支援任せて見守り諭して褒める」によるものです(今回はその男の子は間も無くして自分から挨拶をしたので、“諭す”必要はありませんでした)。結果的に、その子は親から“干渉”されることなく、自分からより良い行動様式を学んだのです。この学習方法は、大人から押し付けられる方法よりもずっと定着しやすいものです。
   しかし、子どもに任せて見守ると、なぜ子どもは自分から進んでいい行いをするのでしょう。その答えが次の「②」です。

②「“ある”を受け止めれば子供は“なる”
   この「子どもの『ありのままの姿』を受け止める」とは、母親の視線、微笑み、称揚、共感等の愛情行為(「愛着7」)によって「そう、今のあなたでいいのよ」という自信を子どもに与えるものです。つまり、その中の「子どもを見る、微笑む」と言う行為が「今のあなたでいいのよ」と子どものありのままを向け止めたのです。この行為によって子どもは「安心感」と「自信」を感じて、晴れ晴れとした意識になり、自分から進んで良い行いをしようと思うようになるのです。つまり、子どものありのままを向け止めたことで子どもの「やる気スイッチ」がONになったのです。その昔、私が初任の頃、ある大先輩がこう教えてくださいました。「遠藤君、子どもの中には元々『よくなりたい菌』がいるんだよ」と。今考えると、あの言葉はこのことだったんだな、と思います。また、人間の中にある「子孫をつなぐ本能」の一つとして「より良くなろう」と言う働きがあるようにさえ思えます。逆に、子どもが言われても行動を改めないのは、子どもを否定的に見る親の言動が子どもに「ストレス」と「緊張感」を与えているからなのです。
   しかし、自分のありのままを受け止めたことがなぜ「お家の方の持っているスーパーで買った袋を代わりに持つ」や「落ちているゴミを拾う」等ではなく、「自分から挨拶をする」という行為に向かったのでしょう。その答えが次の「③」です。

“視覚的”な大人の手本
   その男の子の親御さんは、いつも私に挨拶をかけてくださいますし、私からも声をかけます。「やる気スイッチ」がONになったその子は、その大人たちの様子を見て、「自分もその行為を真似しよう」と思ったのです。
   視覚から得られる情報は、全情報の80%以上と言われています。子どもにとっては、口頭だけで言われるよりも、ずっと分かりやすい情報なのです。「子どもは親の背中を見て育つ」とはよく言ったものです。


   親であれば、我が子を見ると、不十分なところが目につきつい声をかけてしまうことが多いと思います。ただ、“干渉”が行き過ぎると、将来子供が不安感を抱きやすい大人になってしまうリスクもあります。命や怪我、他人への迷惑になることでなければ、子どもを笑顔で見守ってあげてください(命や怪我、迷惑の場合は始めから諭して教えてあげてください)。そして、子どもの前で手本となる行動を見せてあげてください。子どもはきっと自分から進んで“あるべき姿”になろうとするはずです。そして、たくさん褒めてあげてください。