「ゴミ屋敷」になり夢を諦めた女性
「プロゲーマー」になる夢を抱いて田舎から神奈川県横浜市に引っ越して来た一人の女性。彼女にとっては、初めての一人暮らしだった。しかし、小さい頃から掃除は苦手だったという彼女は、ゴミの分別ができなかったため一度もゴミ捨てが出来ず、いわゆる「ゴミ屋敷」の状態になってしまった。そんな様子を見かねた親からは「実家に帰ってきなさい」と言われ、とうとう“ゴミを片付けられない”ために、夢をあきらめ田舎に帰ることになってしまったそうである。


なぜ「ごみ屋敷」になったのか?
   
この女性のように、初めて一人暮らしをするという事は、今まで親にやってもらっていたことを全て自分でやらなければいけないということです。しかし、彼女のように小さい頃から掃除が苦手だったという若者は、おそらくそれまで自分で掃除をするという経験が不足している場合が多いのではないでしょうか。このような問題の背景には、子供の頃のお手伝いの経験の少なさがあると思われます。
「都会に出て〇〇の仕事をしたい」というような「夢を追いかける」ことは素晴らしいことだと思います。しかし、“自分のやりたいこと”をしたければ、ゴミの片付け等のような“自分がやりたくないこと”もしなければなりません。親御さんも、自分の子どもが身の回りのことを自分できちんとできるかどうか、実態をきちんと見極めた上で、親としての判断をしてやる必要があると思います。
   
そして何より、我が子が自分の夢を追いかけることができるように、小さい頃からお手伝いをさせながら身の回りのことを自分でできる大人に育ててあげたいものです。

生活技能を教えるサポート
   何らかの技術を子どもに伝える場合に、ある効果的な方法があります。それは、旧帝国日本海軍の連合艦隊司令長官を務め、最終的な階級は元帥海軍大将という山本五十六氏の名言「やってみせ  言って聞かせて  させてみせ  ほめてやらねば  人は動かじ」に即した次の4段階を踏むことです。
どうすればいいかを具体的に分かりやすく話して教える
望ましい行動の仕方を、指導者が実際にやって見せる
子どもにやらせてみる
うまく出来たらほめる
※場合によっては、①と②を同時に行う場合もある。

 言葉でどんなに説明しても、なかなか子どもに伝わらないことがあります。それよりも、大人がやり方を実際にやって見せる方が子どもは圧倒的にできるようになります。なぜなら、視覚から得られる外部情報は全体の8割にも及ぶと言われているからです。
   しかし、この4段階のステップで教えると誰でも上手く指導できるかというと決してそうではありません。例えば、子どもが上手くできなかった時に「ちがう、ちがう!」と否定的に接するか、「大丈夫、もう一度やってみようか」と失敗を責めずに肯定的に接するか、で学びに対する子どもの姿勢や態度は違ってきます。当然、前者のように否定的な態度で指導を受けた子どもは、技能習得への意欲を失います。こんな場面でも、微笑みながら、穏やかな口調で、褒めながら教える、という親子間の「愛着(愛の絆)」を維持するための「愛着7」の愛情行為が必要になるのです。

お手伝いの優先順位
 さて、冒頭で紹介した、夢が叶わぬまま田舎に戻ることになった女性。彼女がつまづいたのは“ゴミの分別作業”でした。実は、この作業は社会との接点があるものです。つまり、分別の仕方が悪いと、ゴミの収集所にいる地域の方から注意を受けたり、市の担当者の方にごみを収集してもらえなかったります。作業の未熟さのために社会生活に迷惑をかけ、場合によっては除外されてしまうこともあるため、「できない」では済まされないのです(実際に、分別の仕方を注意されて以来、怖くてゴミ出しができなくなり、「ゴミ屋敷」にしてしまったというある男性の事例もあります)。「プロゲーマー」が夢だった彼女も、「このまま収集所に出すわけにはいかない」ということが分かっていたからこそ、ゴミを出すことができなくなったのでしょう。社会と分断された環境では、人間は生活していけないのです。
  次に大切な技能は、正に“生きていく”ための技能です。水道、ガス、電気等の契約については、子どもが一人暮らしを始める時に引越しの手伝いに行ったついでに、子どもの代わりに手続きをしてやる親御さんがいらっしゃるかもしれません。しかし、それで困るのは他でもない、次の引っ越しの時に契約する子どもです。必要書類に記載する時等にも、まずは子どもに任せて書かせてみて、分からない時だけ教えてやる「自立4支援」による指導が大切です。市役所や銀行に行かなければならない時も、子どもと一緒に行って、整理券をとることや、どの窓口に行けばいいか等も教えながら手続きをしたいものです。そんな時のためにも、普段から、子どもと外出する時に公共機関に行くような時は、基本的な事柄を教えながら過ごすようにすると将来に役立つでしょう。まちがっても、自分一人では電車にも乗れないような大人にだけはしてはいけません。
 次に大切なことは食事です。学校でも家庭科の学習で、ご飯の炊き方、みそ汁や簡単なおかずの作り方は一度ずつ行いますが、それを日常生活に活用しなければすぐに忘れてしまいます。大切なのは、普段から子どもに食事の用意の仕方を教えておくことです。小学校高学年くらいならば、月に一度くらいは、献立の決定や食材の買い出しから、調理や食器の洗い方まで全て子どもに任せてやらせてみるのもいいかもしれません。親にしてみれば、これも「自立4支援」の実践です。火や包丁を扱う子どもの様子を見守りながら、必要であれば穏やかに諭して教えてあげましょう。今の時代、男でも基本的な料理ができなくては一人暮らしが出来ません。洗濯も同じです。
 
 このように、一人暮らしをするうえで欠かせない技能を優先的に手伝わせることは、子どもが自立するうえで重要な事です。

真の「キャリア教育」
 今回はかなり具体的な内容になってしまいました。しかし、本当の意味での「生きる」という事を考えれば、必然的にそうなるのかも知れません。
 以前、子どもを自立した社会人に育てるための「キャリア教育」についてお話ししましたが、近所の人と笑顔で挨拶を交わし合えるような「人間関係能力」や、生活上の手続きをするためにはどこに行って誰に聞けばいいのかという「情報活用能力」、将来就職した職場でまじめに勤め継続した収入を得るためには、今のうちからどんなことに気をつけて生活すればいいのかという「将来設計能力」、日常生活の中で困った時にどうすれば問題を解決できるのかを自分で考える「意思決定能力」、そういう場面にこそ、真の「キャリア教育」が必要になるです。その為には、子どもは優れた指導者や大人の言うとおりに行動するのではなく、自分自身で考えながら日常活動に前向きに取り組まなければなりません。ですから、親にとっては、様々な場面で「自立4支援」を取り入れて、子ども自身に任せて活動させる姿勢が大切になるのです。