【今回の記事】

【記事の概要】
   独立行政法人海技教育機構(横浜市)の練習船「青雲丸」(定員180人)で7月に実習生の自殺や自殺未遂、失踪が相次いだ問題で、自殺した男子実習生(20)が神戸港で下船する前、「自分が船に乗る資質があるのか」との悩みを周囲に打ち明けていたことが31日、分かった。
   青雲丸ではこの実習生のほか、1人が海中に飛び込み自殺を図り、1人が下船中の自由時間に失踪したことが判明。3人はいずれも海技大学校(兵庫県芦屋市)の2年生という。青雲丸は31日、北海道・小樽港に寄港し、同日夕、船から下りた実習生らが読売新聞の取材に応じた。
   自殺した実習生と船内で同部屋だったことがあるという男子実習生(23)は、「まじめな子で、教官に怒られた後、『俺、船に乗る資質あるのかな』と悩んでいた。その後、自宅に帰っていると聞いていたが、亡くなったと知って驚いた」と語った。

【感想】
   この海技教育機構による乗船実習は毎年行われてきていたはずです。しかし、今年に限って2名の自殺者と1名の失踪者が出てしまったのはなぜでしょうか?
   その理由は2つ考えられます。一つは指導者が変わったこと。もう一つは、自殺や失踪をした3名の実習生が“感覚過敏”の特性を持っていたことです。
   一つ目については、説明は特段必要ないかと思います。つまり、今年から指導を担当した上司が特別に厳しい人間であり、生徒に必要以上にプレッシャーを与えていた場合です。
   しかし、厳密に言えばこの理由だけでは、先の疑問を解決することはできません。なぜならば、その新しく赴任した厳しい上司の指導を同じように受けても、自殺や失踪をせずに過ごした他の実習生もいるからです。
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そのように考えると、2つ目の“感覚過敏”の特性が大きな鍵を握っています。
   このブログでは以前からお伝えしていますが、“感覚過敏(外部からの情報や刺激に対して過度に感じやすい”を特性とする自閉症スペクトラム障害の傾向は大なり小なり全ての人が持っています。つまり物事に対する感じやすさは皆が同じではなく、人によって程度に差があるということです。自殺や失踪をした生徒とそうでない生徒とがいたという事実の背景には、この“感じ方の違い”があるのではないかと考えられます。
   以前私が勤めていた学校で、休み時間中に廊下を走っていた2人の男の子がいました。するとその様子を見たある教師が、その2人を厳しく叱責しました。すると2人のうち1人の男の子は反省した面持ちでいましたが、もう1人の男の子はパニックに近い程の号泣をしてしまいました。つまり、同じ注意を受けていたにもかかわらず2人の様子に違いが見られたのには、前者の子供に比べて後者の子供の方が“感覚過敏”の特性が強かったという理由があったのです。

   では、これらのように、感覚過敏の特性が強い子供と弱い子供とを同時に指導するにはどうすれば良いのでしょうか?
   自閉症スペクトラム障害の子供に対する指導は、基本的に「穏やかで共感的な指導」と言えます。決して厳しい叱責を行うものではなく、逆に子供に“安心安定”をもたらす支援です。具体例を挙げれば、子供の脳に幸せホルモンとも呼ばれるセロトニンホルモンを分泌させる「セロトニン6」という6つの行為による支援です。
   私の経験上この支援を行うと、普段、学級の担任の先生から注意を受けることの多い発達障害の子供達も、普段とは見違えるような目の輝きで活動に取り組んでいました。そのような“感覚過敏”の傾向が強い発達障害の子供はもちろんですが、比較的精神的に安定した子供であっても、ある程度は感覚過敏の傾向は持っているので、健常児を含め全ての子供が安心感の中で緊張・萎縮せずに自分の本来持っている力を伸び伸びと発揮することができるようになります。自閉症指導こそがユニバーサルデザインの考え方に基づく指導である」と言うFR教育研究所の花輪敏雄氏の指摘の通りです。
   記事によると、自殺した生徒はとても真面目な性格だったということでしたが、そういう生真面目な子供ほど“感覚過敏”の傾向が強いのです。きっと、自殺や失踪した生徒たちは、そのために上司の強い言動による指導に対して「俺、船に乗る資質あるのかな」等と悩み、結果的に耐えられなかったのだと思います。しかし感覚過敏の特性がそれほど強くない他の生徒たちも、おそらく上司の厳しい指導に対して緊張我慢しながらその指導に従っていたに違いありません。ですから全ての生徒に対して穏やかで共感的な指導を行っていれば、1人の生徒も脱落することなく、自分の持てる力を伸び伸びと発揮し実習を終えることができたのではないでしょうか?
   先の廊下を走っていた男の子の事例においても、厳しい言葉で叱責をしなくとも、「セロトニン6」の中の行為によって、穏やかに廊下を走っていると転んで怪我をするかもしれないから歩いて通ろうね」と言葉で伝えれば済むことだったのです。厳しく注意するのは、それでも行為を改めなかった時でも遅くはありません。

   今回の乗船実習は、場合によっては精子を左右する活動になるわけですから、ある程度の厳しさを伴う事はあるとは思いますが、時にその程度の度合いが過ぎて生徒に過度の緊張を与え萎縮させてしまったのでは本末転倒です。