(この「愛着の話」は精神科医の岡田尊司氏を中心に、各専門家の文献を、内容や趣旨はそのままに、私が読みやすい文章に書き換えたものです)


   愛着の大きな特徴は、それが、「特定の人ほとんどの場合は母親)」との特別な絆だということです。それを「愛着の選択性」と言います。愛着がまだ形成されていない段階で、複数の大人が養育に関わると、赤ちゃんのとった行動に対する応答の仕方が、それらの大人によって異なるので、赤ちゃんが戸惑い不安になるのです。
   かつて、まだ愛着という考え方が認知されていなかった頃進歩的で合理的な考えを持った人たちが、「子育てをもっと効率よく行う方法はないか」と考えたそうです。その結果、「一人の母親が一人の子どもの面倒を見るというのは、無駄が多い」という結論に達し、それよりも複数の親が時間を分担して、それぞれの子どもに公平に関われば、もっと効率が良いうえに、親に依存せず、もっと素晴らしい子どもが育つに違いない、ということになったそうです。当時、画期的とも思われたその方法は実行に移されました。ところが、何十年も経ってからそうやって育った子どもたちには、ある重大な欠陥が生じることが分かったそうです。彼らは、親密な関係を持つことに消極的になったり、対人関係が不安定になりやすかったりしたそうです。更に、その子どもたちの世代になると、周囲に無関心で、何事にも無気力な傾向が目立つことが分かりました。つまり、いくら多くの人が、その子を可愛がり、十分なスキンシップを与えても、安定した愛着が育っていくことにはならず、あくまでも、ある特定の人との安定した関係が重要なのであり、多くの人が関わりすぎることは、逆に、誰に対しても信頼や愛情を抱きにくい人間にしてしまうのです。
   このように、「愛着の選択性」が、損なわれることは、子どもの将来に悪影響を及ぼしてしまういます。何事にも順序というものがあり、まずは最も信頼できるたった一人の存在を作ることが第一歩ですから、子どもが愛着を形成する対象となった人しか、その子に十分な安心と満足与えてやることはできないのです。特定の誰かと愛着を形成した子どもは、他の人に対しては、むしろ警戒を示し、心を許そうとしないのです。これは、いわゆる「人見知り」という行動で、子どもの自己防衛能力の現れとも言われます。もし、誰にでも懐いたり甘えたりするとしたら、それは安定した愛着が育まれていないサインかもしれません。とにかく、その第一歩が成功して初めて、その後、それを土台として徐々に他の人とのつながりを増やしていくことができるのです。(「愛着の話 No.5 ②」に続く)