私が初めて自閉症スペクトラム(ASD)の子どもを担任したときのことです。
   四月に授業参観がありました。授業は順調に進み最後まで終えることができました。その自閉症の子供も、笑顔で挙手しながら、とても安定した授業への参加ぶりでした。終わりのチャイムもなり、授業の終わりの挨拶をした、その直後のことでした。
   その子は、帰りの用意をしようと思ってランドセルを取りに行こうと振り返った時、その子の目の前には授業参観に来ていた母親が立っていました。その子は、なにやらお母さんと話をしていたかと思うと、いきなりそのお母さんの顔を平手打ちしたのでした。
   何を話していたかまでは聞こえませんでしたが、母親とその自閉症の子との間で何らかの意見の食い違いがあったようでした。その時の母親の表情が非常に険しかったのを覚えています。おそらく、「困ったことを言い出したものだ」という気持ちが表情に現れたのでしょう。そのお母さんの表情に対して自閉症の特徴である“感覚過敏”が反応し、起こした行動でした。
   自身も自閉症であり、また童話作家でもあり、自分の経験を綴った本も出されている東田直樹さんは、その著書の中で「外出したときに周りの人が自分を見る冷たい視線がまるで“体に突き刺さる”ように痛かった」と述べています。自閉症の感覚過敏は、相手の人の表情にさえ敏感に反応するのです。
   そこで私は後日、そのお母さんに“子供を見て微笑む”ことの大切さをお伝えしました。
   その後、そのお母さんが学校に子供を車で迎えに来たときの表情に明らかな変化が見られました。車から降りてくるお母さんの表情は“微笑み”に溢れていたのです。すると、その自閉症の子供も同じように笑顔になって、迎えに来たお母さんに抱きつくようになり、それからはお母さんを叩くということなど一度も無くなりました。また、以前は家の中で何度もパニックになり奇声をあげていたその子も、それ以来、お母さんの言うことをとてもよく聞く“お利口さん”になったそうです。
   なお、感覚過敏なのは、自閉症の子どもだけではありません。他の発達障害である注意欠陥多動性障害(ADHD)学習障害(LD)の子どもたちも、普段周りの人から特異な目で見られ、からかわれたりいじめられたりすることが多いために、やはり周囲の人の言動に対して必要以上に敏感になっているそうです。

   さらに、私達全ての人がASDの傾向を持っていることを忘れてはなりません。(そのことについては、以下の投稿をご参照ください。)
あなたも私も“自閉症スペクトラム” その3
今回紹介したASDの子どもは、ASDの傾向の強い子どもでした。感覚過敏のASDの傾向が強いということは、それだけ“笑顔”に対して敏感に反応を示すということです。ということは、傾向の弱い方も、普段はあまり表面には出さないため分かりづらいけれども、実は同じく“他者の笑顔”に安心を覚えるのです。