15周年目に、辿りついた答えが、コレでした。
10周年の時に、同じ商店街内に2店舗かまえて展開していた当店、
思い切って、「お店を一から建てる」事を決行しました。
不動産屋さんが押さえていた売り物件を
割り込んで売って頂き、今の土地に建物を。
(※我が家は、お金持ちでもなんでもありません。コツコツ続けた10年の集大成です)
そして、ひとつにまとめたのですが、
そこから、モール(いずみおおつCITY)に出店したり、
小さい物件をさらに建てたり(LAMP)、
土生店を出店したり、
開けたり、
締めたり、
2店舗、3店舗になったり
1店舗になったり…
リニューアルしたり、
構成変えたり…。
そして、また、1店舗に戻しました。。(^^;)
諸先輩方、また古くからお世話になっております顧客様方には、
また叱られそうですが、
開けたり閉めたり、本当にスイマセン。。。m(_ _)m
通産、開店したお店、6か所。
閉めたお店は5か所。
を15年間で。
平均3年毎に開けたり、締めたり…。
(リニューアルが趣味?!とか言われるわけですね…)
土生店を辞めるきっかけになったのは、もちろん、飲食店街に
無謀にもオープンさせた事が最もでもあります…(汗;)
が、
一番は、お客様のみなさまに、
返ってご迷惑をおかけしていると気付いたこと、
また、スタッフ一同のコミュニケーションが2店舗あると、
なかなかとれなくなってしまっていることなどが一番の要因です。
春木を一店舗にした時を同じ理由です。
いずみおおつCITYの時は、開業時は、
他店舗ふくみ、みなが、複数店舗を地域モールで、といった時代だった事もあり、
元々アパレル時代に、その大変さや、自分のスタイルにフィットしないと気付いていたのに
ぶわんぶわんで出店…。
予想通りに、地域モール独特の「売れ売れ感」や
数字至上主義、そして、
路面店、セレクトショップ特有の空気感が作れなかった事が原因でした。
ようは「面白」が数字以外には無かったんです。
もちろんウチは他店に比べ、高額な商品が多かったので(坪単価も同業では3倍ちかくありました)、
必要以上に駐車料金など、不公平なシステムで売れば売るほど、経費がかかったのも理由ですが…
土生店をオープンした時は、震災の影響などで、生産も含みかなり
環境が変わり、いささか浮足立っていたことも否定できません。
(ようはパニくってました。し、焦っていたんだと思います。)
落ち着いてきた今、いずみおおつCITYを辞めた時に、
「やはり春木で展開、春木から展開しよう。」
と考えていた事を思い出しました。
スタッフ達とも幾度も話あい、
再び原点に。
おかげでスタッフ達は、常備2名~3名おりますので活気が↑。
以前のように、ワイワイ、キャッキャと営業しております。
決して、欲張ったわけでもございませんが、
向上する方向を、を間違えておりました…。
まさに原点回帰です。
私達にはこの、みなさまとしっかり向き合うスタイル。
が一番好きで、一番楽しいです。
周年イベントを開催して、さらに深くそう感じる事になりました。
また、1店舗になったことで、ご迷惑をおかけしていた
WEB SHOP
企画生産などのパワーUP、
何より、もちろん店頭でのご対応のきめ細やかさなどが、
改めて充実、そして新しい展開が可能になりそうです。。
巻いていた種も、どんどん芽が出てきております。
そんなこと言いながら、またブワンブワンするかも知れません。
が、懲りずに暖かく見守って下さい。
今年は、原点回帰で、改革の年です。
やりたい事を、しっかりと。
これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
STRIPE BALLOON 牧野より