
ドイツ自然療法で心も体も軽く美しく、楽に生きられるように。
ドイツ在住自然療法家 / 自然療法スクール ヒルデガルト・ファミリエ主宰の森 Wenzel 明華です。

オラ〜!!スペインからこんにちは〜。
今回のメールマガジンは、スペインはマドリッドからです。
友人との半ば、恒例になりつつある?ふたり旅でやってきました。
マドリッドはまだ寒いかなぁって、考えて、
分厚いダウンジャケットを着込んできましたが・・・
(いらんかった・・・)
薄いトレンチコートで良い感じです。
確実にドイツより早い春のはじまりを感じられました。
毎日、朝起きると、ホテルの窓の向こうは、もう青い眩しい空と光・・・
なんなら日焼けしそうな感じ・・・
さくらよりもっと素朴なアーモンドの花が咲いていて、それがまた石畳の街や城壁に映えるのです。
今回の旅の目的は・・・ピカソの「ゲルニカ」鑑賞と
スペインでの自然療法体験と薬草観察です。
マドリッドには大航海時代に世界中から持って帰ってきた多くの植物たち植えられている植物園もありました。
紅葉もあるそうですが、そこまで寒くならないから赤くならないそうです。
今回は、スペイン在住のガイドの佐々木さんにご案内いただきました。
ガイドの佐々木さんとの出会いはもう10年以上前のことです。
神戸のお世話になった先生やマダムたちがスペインに個人手配で旅行に来られた時に出会いました。
「最高のガイドさんにご案内してもらうのよ〜、さやかさんも来れたらおいで〜」
と親切に声をかけていただき、その行程の一部に、わたしも特別に参加させていただいてからのご縁です。
ガイドの佐々木さんはもう37年ほどスペインに暮らしておられて、スペインを隅々まで旅してきた名ガイドさん。
独特の考え方もあるんですが・・・苦笑。
とにかく、すごい情熱的です。
「生きるとは?」みたいな哲学的なことも
スペインの街のガイド、歴史や文化の説明の中でしてくれます。
絵画にも詳しくて、ものすごく深い。
その当時、まだわたしはドイツに引っ越して1年経ったあたり・・・
こどもたちも小さく・・・
ホームシックは大分マシになってましたが、
まだまだドイツ生活は落ち着かなかった頃でした。
神戸のみんなと久々に再会できるのが、すごく嬉しくて
家族でスペイン入りして、そこからわたしは単身、
神戸のグループとサンセバスチャンで合流。
最終目的地のバルセロナまでの3泊4日を一緒に旅しました。
その後、バルセロナでドイツ人夫とこどもたちとも合流。
佐々木さんはこどもたちにも特別に
ガウディのサクラダファミリアを案内してくださいました。
今回はマドリッド・トレド観光の後・・・・
12時過ぎまでバル巡り。(これがまた最高に美味しかった〜!)
飲みながら語り合ったのですが、
当時、小さかったこどもたちの話にもなりました。
「あの時にね君の子がね、
『なんでガウディはサクラダファミリアを創ろうと思ったの?』
って聞いてきたんだよ」
「へ〜、そんなこと聞いてたんですね。」
すっかり忘れていました。
が、なんか子供たちの瞳がキラキラするような
すごい熱い言葉をかけてくれていたのは覚えていました。
だから今回も、マドリッドにいくなら佐々木さんのガイドをお願いしたいと思ったのです。
こどもの質問って、時に素直で純粋なので、すごい真実、核心をついてくることってありますよね。
大人には思い付かないような・・・大人は、歴史的事実とか・・・背景とか・・・建築方法とか。
もう常識のバイアスがかかっている。
佐々木さんも、その質問は今まで受けたことがなかったみたいで、こどもの言葉にはっとしたそう。
「だからね、『ガウディは本当に心から、魂から、人生をかけてやりたいってことをみつけることができたんだ。
神様が彼の魂に宿ったんだよ。お前も絶対に自分が好きだ!これだって思うことを見つけるねんで。
それを勉強したり、やるんやで〜』って話したんだよね」
ほんまに、ほんまに・・・その通りだなぁって思いました。
その時のこどもの瞳を思い出して、懐かしいなぁって涙が出そうになりました。
親以外の誰か大人が、熱くそんな言葉をかけてくれるというのも、ありがたいですよね。
それって子供の魂に響くから。
最近は、とくに日本せは、そういうのは、あんまりない社会になってきたような気もします。
だからこそ、自然療法(や生きるための)の学びの輪を広げていきたいのですよ。。。わたしは。。。日本に。もっと。
マドリッドならではの美味しい魚介をつまみながら、
そんな思い出話にも花が咲きました。
さて、マドリッドは・・・今回は忙しくて、なんの下調べもせず期待もなく訪れました。
しかし・・・期待以上に美しく整然とした首都の街でした。
スペインもあちこち行ってるのですが、特にバルセロナなんかは、4回ほどは訪れている大好きな場所です。
ガウディの芸術に溢れ、そして港と山があり、なんだか神戸っぽい感じ。
マドリッドはなんかもっと洗練されている感じです。
王宮や美術館などもたくさんあって・・・
一緒に訪れた友人と
「なんか、こんなにマドリッドが素敵な場所だって知らなかったね」
なんて驚きながら話していました。
物価がドイツよりは安く、外食もバルセロナより安い感じもしました。
ひとびとももっと素朴で優しい感じ。
だから心地よく旅ができました。
昨年はイタリアを旅したんですが、物価は決して安くはなかった。笑
なんか・・・マドリッドでは
お昼の定食みたいなのがあるんですが、中心地のホテルの側で12ユーロ。
これが・・・2つの食事 前菜とメイン、デザート、ワインかビールかコーヒーがついているのです。
で、量がとてつもなく多い!!
日本人女性なら、正直、二人でシェアして食べていい感じ・・・
アルコールが昼間からついているのもスペインっぽい。笑
それでもって美味しい。(まぁ、場所によると思いますが)
12ユーロは最安値でしたが、トレドでは14ユーロ、一般的な場所でも調べていると、
17ユーロくらいからでした。日本よりまだ安いかも・・・
まぁ、スペインの景気もかなり影響していますよね。。。ドイツがなんとかEUひっぱってる感があるけど、さぁ、やばそうですけどね。。。
さて、今回の旅の大きな目的のひとつはピカソの「ゲルニカ」をみること。
佐々木さんにアレンジしていただいて、午前中にトレドを訪れて、
夕方から美術館が無料の時間に、2つの美術館をハシゴしました。その後はマドリッドのバル巡り。
ものすごいハードスケジュール!でしたが、超・充実していました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ピカソのゲルニカは、もう、圧巻でした。
ゲルニカというのはスペインのバスク地方の小さな街の名前、
この作品はスペイン内戦による1937年におきた
反乱軍のフランコ将軍を支援していたナチス軍によるスペイン北部の小都市ゲルニカの
無差別爆撃が題材となっています。
パリにいたピカソは、
ゲルニカの無差別虐攻撃を新聞の号外で読んで知ったのです。
パリ万博の壁画の依頼を共和国政府側から受けていたピカソは、ゲルニカを題材に選びました。
スペイン内戦は、フランコ率いるファシズムの反政府軍と、民主主義の共和国政府側の戦いでした。
スペインを二分したこの内戦で、ピカソは政府軍を支持し「フランコの夢と嘘」というタイトルで風刺の詩と銅版画を制作し売上を政府軍に寄付していました。
実は・・・今回、スペインを訪れるまで、このスペインの内戦の歴史とかって
全く知りませんでした。。。
知ってますか?
日本の歴史でほぼ学んでないですよね・・・
ゲルニカは白と黒で描かれていて、赤とか血や炎の色がないんですが、
かえってそれが、もっと深く、静かに魂に語りかけてきます。
このゲルニカの絵画の前に立つと、
本当にピカソと絵のエネルギー、さまざまな情景と感情が胸に迫ってきて涙がでそうになりました。
何度も目をぱちぱちさせました。笑
佐々木さんのガイドも素晴らしかったです。
ゲルニカに至るまでのスペインでどのような運動がおこっていたのか・・・
ヨーロッパはどのような状況だったのか、絵画を辿って案内してくださいました。
日本ではこういう反対運動のポスターとか飾ってないよね、とか。。。
日本でもかつて学生運動が盛んだった時期があるのですが、それはほぼ闇に葬られていますよね。
そんな歴史的背景なども、きちんと教えてくれるので、絵に関する理解や感動が深まります
また政治や文化の違いも、スペイン、ドイツ、日本のことを考えることができます。
ゲルニカの前に、ピカソはたくさんのデッサンをして構図を決めていきました。
そのデッサンや、制作過程の写真も展示されています。
デッサンの多くが悲嘆にくれる母親を描いたものが展示され、キュビズムで描かれています。
キュビズムというのは、描く対象を、幾何学的な形に分解し、さまざまな角度から同時に描くことを特徴としています。
多方面から同時に描写することと、平面で表現しています(遠近法ではない)
正直、この女性たちのいくつかの絵画は雑誌とか、教科書とか。。。
過去にどこかでみたことがありました。
(なんなんだ?この変な絵は?これのどこがいいの???
なんか好きじゃないなぁ、モネとか、きれいな感じがいいなぁ)
っていう印象だったんです。
でも、今回、スペインの内戦の歴史をマドリッドの地に足で立ち、空気を吸い、本当に心と体で感じた時・・・
そのピカソによって命を吹き込まれた母親たちのデッサンは、わたしの胸をえぐるように語りかけてきました。
1枚の絵の中に、息子を亡くした母親のいわれようのない感情がすべて描かれていたからです。
(いま、この文章書いてるだけで、涙でてくる・・・)苦笑
怒り、嘆き、悲しみ、絶望・・・・彼女の天への叫びが胸に迫ってきました。
この絵と、マドリッドの地を、
今、私が訪れている意味を知りました。
もし、今、ドイツや日本で戦争がおこったらどうなるでしょうか?
わたしの可愛い息子たちは、ちょうど成人になり、戦士になる年齢を迎えているのです。
わたしの息子たちが、わたしのこどもたちだけではなく、
この世界のこどもたちが、
戦争で命を落とす必要があるのでしょうか?
ドイツで暮らして今年で13年目になります。
メルマガには平和なドイツの薬草や自然療法の風景を書いています。
それも事実です。
しかしその間、ドイツの生活の中でもさまざまな戦争の影響がありました。
シリアの難民受け入れ、ウクライナ戦争、パレスチナ問題・・・
こどもたちの学校に、シリアの子達や他の国の難民のこどもたちが入ってきて共に学んだり、テロがあったり、
預かっていた女の子が、骨折した時も、再手術の時、ウクライナの戦士たちが病院で手術を受けているので、順番待ちになったり。。。ガザ地区のひとたちの窮状があったり。。。。それは対岸の火ではなくて、そぐそこに戦争の息吹を感じるのです。
ドイツでも、日本にいても、世界中・・・
いつ、なにがおこるかは、わかりません・・・。
人間というのは、なんて愚かなんだろうか。なんて悲しいのだろうか・・・
全く変わっていない・・・
薬草や自然療法の歴史をリサーチしていても・・・
ほんと人類は同じことをずっと繰り返しているんですよね。
(あぁ、なんでなんだ?)と、
虚しくなってくることがあります。
イデオロギーが変化していても・・・本質は変わらないのです。
それと同時に、救いもあるんですけどね。泣 自然の癒しとかね。
まさにこの世界こそが、ゲルニカの絵・・・陰陽の世界ですよね。
佐々木さんはゲルニカを前にしたとき、静かに
「さぁ、自分で感じるんだよ。この絵をみて・・・」とその場をすこし離れました。
亡くなった子を抱いたまま、嘆き悲しんで天を仰ぐ母親。
いななく馬、逆さまの牡牛、倒れた兵士・・・
電灯の中の目。
ピカソは、
「牡牛は牡牛、馬は馬だ。
鑑賞者は結局、
見たいように見ればいいのだ。」
とあえて説明はしていません。
「問い」として提示したのです。
嘆く母親とこどもは、ピエタ(キリスト受難の時のマリアとイエスの図)を表したとも言われています。
横たわった兵士はイエス自身。
折れた刀からは、再生のシンボルのアネモネだそうです・・・
佐々木さんが少し説明してくださったのですが、
犠牲者の手には全て聖痕が描かれているのです。(イエスの手に打ち込まれた釘の痕)
それもまた、痛々しく悲しい・・・
「この絵はね、イエスの魂が、ピカソに宿って描かせたんだよ」という佐々木さんの言葉が刺さりました。
ピカソが感じた激しい怒り、嘆き、悔しさ、悲しみ、世界へのメッセージが、すごいエネルギーで伝わってきました。
これは絶対に一度は訪れて目の当たりにしていただきたいです。
この絵が地下っぽい感じなのも、絶対になにがあっても
闇に事実を葬らせてはいけない、というピカソの願い・・・天の願いからだと思いました。
最初のデッサンには太陽が描かれていたのですが、最終的には、電灯に目があるのです。
この絵は1月に描かれ、5月にパリ万博で展示されたそうです。
世界中にセンセーションを巻き起こし、強烈なメッセージを放ったのですが。。。
スペインは、なんと、この後、反乱軍のフランコが圧勝。
え〜〜〜〜〜!!!!・・・ですよね。
独裁政治がフランコが死ぬまで、1975年まで続いたのです。
そんな最近までじゃないですか。
その内戦があったため、スペインは第二次世界大戦には参戦していないそうで。
それも知りませんでした。知っていましたか?
マドリッドの街並みや建物が古めかしく、そしてすごく美しいので、
「これは築何年くらいなんですか?」とか聞くと、数百年前とかなんですよね。
だいたいヨーロッパの大都市って、空襲受けているので、ほぼ再建されているのですが。。。マドリッドは無傷。
「なんか・・・知らないことがいっぱいありますね」
佐々木さんにいうと、
「いろんないろんな『真実』を集めて、<事実>を探すんだよ」という言葉が印象に残りました。
パリ万博の後、ピカソはゲルニカをアメリカのMOMA 現代美術館に貸し出しました。
フランコの死後、ようやくスペインに里帰りし、マドリッドのプラド美術館に寄贈されたそうです。
ピカソが故国スペインに帰らず、終生をフランスで過ごしたのは、その独裁政治が続いていたためだと言われています。
そしてもうひとつ、印象的なエピソードが。。。
国連本部の正面玄関は平和の象徴としてゲルニカのレプリカのタペストリ(絨毯)が展示されています。
2001年9月11日におきたアメリカ同時多発テロ事件9.11の後、アメリカがイラクの核保有の証拠を見つけたと、
イラクへの軍事侵攻を国連安全保障理事会で主張しました。
その結果、否定していたイラクは攻撃され、フセインは死刑になりました。
(後から各軍事施設の証拠はなかったと言われています。ただイラクを攻撃したかった口実でテロとは無関係)
その時に、ゲルニカのタペストリは暗幕で覆われていたそうです。
それは平和の象徴であるゲルニカが映ると、軍事侵攻の正当性が疑われるから・・・矛盾していますからね。
ピカソの描いた白黒のゲルニカを、人間のエゴが「暗幕」黒で覆った歴史的事実があったのです。
わたしたちは、そんな愚かなことを、決して、繰り返してはいけない・・・ということを胸に留めて
生きていきたいですね。
ほかにも、美術館でのさまざまな絵画に描かれていたラテン語やテーマ、
そしてマドリッドの歴史を通じて・・・
「memento mori 死を想え」
いつか必ず死ぬということを忘れるな。。。
というメッセージを受け取りました。
ピカソが描いたゲルニカの中の
生を象徴するアネモネのような存在でありたい・・・
わたしの苗字が森 mori = ラテン語の不定形 現在形・・・「死」という意味。
なんか偶然にしても興味深いとしか、いいようがないですよね。
なんか死がいつも身近にあるような人生を送ってきたけど、
きっと前世とかも関係してるんでしょうね。
そんなわけで、あなたはどう生きていきますか?
これからの世界で。
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森Wenzel 明華(もり うぇんつぇる さやか)
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