私は仕事柄、2月中旬から3月の年度末に向けて、猛烈に忙しくなり、そんな仕事が落ちつくのが、桜も葉桜になりかける頃。

そんな感じで、まだ桜巡りへは赴いてはいませんが…
てか、私の暮らす、そして職場のある神奈川県を脱出出来ずにいるのですが、そんな最中、東海道線に乗車して、西へと向かうこと1時間、熱海駅で降り立ちました。
とは言え、上記3枚の写真は、私が小田原駅で “せんべろ” の定番化している「焼き鳥 日高屋」に立ち寄った際のものですが…

小田原駅に戻ると、ホームに停車中の「E131系500番台」
私の地元・茅ヶ崎から橋本間を主に運行される相模線の車両なので、試運転とは言え、謎に小田原駅に停車中なのか気になる…![]()
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それはさておき…![]()
熱海駅に到着すると、旅情を駆り立てる豊橋行きの車両=「313系8000番台」
「セントラルライナー」時代から引き継がれた、特急列車並みの豪華な転換クロスシートを備えています。

そして、熱海駅へと降り立ち…
熱海はかつて、高度経済成長期などの社員旅行や団体旅行の全盛期(昭和〜バブル期)に、企業の男性社員などが多く訪れる「おじさんの町」というイメージが定着していました。
温泉や宴会を楽しむ男性観光客が中心で、落ち着いた大人の歓楽街という雰囲気だったと言い換えても良いかもしれませんね。
しかしながら、バブル崩壊後に団体旅行が激減すると、その「おじさん向けの古い温泉街」というイメージが裏目に出て、若者や女性客からは「古臭い」「自分たちの行く場所ではない」と敬遠され、一時期は深刻に衰退しました。
熱海が最も衰退していた時期は、バブル崩壊後の1990年代から2000年代半ばです。
団体旅行から個人旅行へのニーズ変化に対応できず、宿泊客は最盛期の半分以下に激減し、廃墟となったホテルが目立つ「寂れた昭和の温泉地」の代名詞となっていました。

1960年代に530万人いた宿泊客が、2011年には246万人に落ち込み、多くの旅館やホテルが経営難で廃業し、廃墟のまま放置される建物が目立ちました。

観光客が激減したため、メイン通りの商店街でも多くの店が閉まり、「死んだ街」と形容されることもあったそうで、市の財政も極めて厳しく、2006年には「財政危機宣言」が出される事態となりました。
良く言われることが、2011年以降、地元の若手経営者によるリノベーションや、SNSを意識したスイーツ店の誘致、市のブランド戦略などが功を奏し、「熱海の奇跡」と呼ばれるV字回復を遂げることになります。
古き良き時代の熱海の面影が残り、駅前の喧騒を離れた路地裏の場末感が堪らない…
そんな “ノスタルジック” な熱海を知る身にとっては、今の熱海は熱海であって熱海ではない。
そんなことを考えながら、今宵の宿に到着。
現在もなお、昭和ノスタルジーを代表とする老舗ホテル「大野屋」♨️
日々のハードワークでの疲れが身体に溜まると、時に、このホテルの名物「ローマ風呂」に浸かり、癒されたくなります😇

ホテルの内観も在りし日の郷愁…
熱海大野屋は、1930年代後半(1937年頃)に創業した歴史ある老舗温泉ホテルです。
最大250畳の広さを誇る「ローマ風呂」が名物で、長年「ローマ風呂の大野屋」として親しまれ、熱海の観光産業を支えてきました。
名物「ローマ風呂」とは、創業当時からの看板施設であり、古代ローマのテルマエを彷彿とさせる豪華でユニークな大浴場は、現代でも高い知名度を誇ります。
前述の通り、かつて「おじさんの街」というイメージだった熱海が、現在は「若者の街」へと劇的なV字回復を遂げています。
この大野屋を訪れる団体客のほとんどが、若者たち。
熱海の街のその急激な変化や混雑(オーバーツーリズム)が、静かな時間を好む大人世代を遠ざけている側面があるのも事実です。
何故に、大人世代が敬遠するのか…
大野屋の近辺は、熱海駅からかなり離れていますが、若者たちが好きそうな「秘宝館」や「熱海城」等の観光スポットがあります。
そんな街を歩きながら、感じることは…
SNS映えするスイーツ店や食べ歩きグルメが急増し、街全体が「撮るための場所」に変化したことで、落ち着いて食事や散策を楽しみたい層とのミスマッチが生じています。
また、私は平日にしか熱海には赴かないのですが、現地の人に尋ねると、週末や大型連休には駅前が歩けないほど混雑し、交通渋滞が深刻化し、路線バスが最大1時間遅れるなど…
公共交通機関を頼りにする観光客や高齢の市民に大きな負担がかかっています。

それは熱海を楽しみたい方、あるいは、生活の基盤のある方たちにとっては、看過できない問題でしょう。
そんなことを考えながら、私は再び大野屋へと戻り、10階にある客室から窓の向こうを望むと日没の熱海、先ほどまで歩いていた道を見えます![]()

そうそう、こちらの「大野屋」は、伊東園ホテルズが運営を引き継ぎ、温泉(ローマ風呂)やバイキングスタイルを強みとするレトロモダンなホテルとして営業中。

私はこの「大野屋」を、いわゆる、熱海の “V字回復” の兆しとされる平成23(2011年)以降、ちょいちょい利用しているのですが、その時は、伊東園ホテルズへと運営が引き継がれたタイミングで、ほとんどが家族連れか年配の団体客でした。
けれども現在は、インバウンド、あるいは若者たちの群れが非常に目立ちます。
大野屋名物の「ローマ風呂」などはもはや、若者たちで溢れ大騒ぎするなど、無法地帯化しており、良識ある大人たちが敬遠するのも無理のない話です。
では何故に現在の若者たちは、温泉もひとりで入れず、数十人で群れているのでしょうか。
端から見れば、「群れなければ何もできない」ように見える若者の姿に、もどかしさや不甲斐なさを感じてしまう…
これは私の個人的な見解なのですが…
それは美しすぎる、熱海の朝焼けを見ながら…

結論から申し上げれば、当の本人たちは「恥ずかしい」と思われていることに気づいていない、あるいは、気にする余裕がないケースがほとんどだと思われます。
それには、現代特有の背景がいくつか考えられるとのことで…
1. 「群れる」ことが生存戦略になっている
現代の若者にとって、SNSなどを通じて常に誰かとつながっていることは、一種の「インフラ」のようなものです。
輪から外れることが「社会的死」に直結すると感じる恐怖心が強く、個としての自立よりも、集団内での位置付けを優先しがち、同調圧力の強まりですね。
また、一人で行動して失敗することを極端に恐れるため、群れることで責任を分散させ、安心感を得ようとする心理が働いています。
2. 「個」の確立の遅れ
かつては若いうちに一人で苦労を背負い、試行錯誤する中で「個」を磨くプロセスが一般的でした。
しかしながら、現在は情報過多により「正解」を先に求めてしまうため、自らの足で立つ経験が不足し、結果として傍からは「依存し合っている」ように見えてしまいます。
3. 客観的な視点の欠如
彼らにとっての「世界」は、自分の周りの友人コミュニティで完結していることが多く…
そのため、それ以外の世代や社会全体から自分がどう見られているかという「外部の視点」にまで想像力が及んでいないのが実情でしょう。
俯瞰してみると、一人で何も決断できず、常に誰かの顔色を伺って群れている姿は、自立した大人から見れば危うく、時に滑稽に映るものです。
しかしながら、彼らもいずれ社会の荒波に揉まれる中で、「群れ」が自分を守ってくれない局面に必ず直面します。
その時になって初めて、一人で立つことの尊さや、かつての自分の振る舞いに対する「恥ずかしさ」に気づくのかもしれません。
今の彼らには、厳しいようですが「独りで居る時間」の価値を知る機会が不足していると言えるでしょう。























