はじめまして、スタット鳩鳩(きゅうきゅう)です。 本日5月7日はJuice=Juiceのリーダー段原瑠々様のお誕生日、そして明日は元メンバー稲葉愛香様の電子書籍版写真集の発売日。おめでたいこのタイミングで、初投稿をさせていただきます。

 

ハロプロの楽曲に“Ø”という記号が出てくると、どうしても反応してしまう。統計学を学んでいるから、というより、ハロプロを聴くときの“構え”が自然とそうさせるのだと思う。

特にJuice=Juiceを聴くようになってから、歌詞の読み方が変わった。『Fiesta! Fiesta!』のように効果量が大きくて一撃で有意差が出そうな曲もあれば、『微炭酸』のように閾値ぎりぎりの揺らぎを丁寧に積み重ねてくる曲もある。そして『プラトニック・プラネット』のように、歌詞の背後に“もう一つのモデル”が存在している曲もある。

最初はただ「歌とダンスが上手いグループだな」と思っていたのに、気づけば歌詞の“別の視点”を読むのが楽しくなっていた。同じ言葉でも、パラメータを少し変えるだけでまったく違う推定値が出てくる。その仕掛けに気づいた瞬間、私は完全にハマった。

 

だからこそ、稲葉愛香『圧倒的LØVE』の“Ø”にも自然と目がいった。そしてあるときふと思ったのだ。

もしこの“Ø”が、統計学でよく使う“Φ”だった世界線があったらどうなるのか。

Φは標準正規分布の累積分布関数で、検出力の計算にも登場する。 第2種の過誤——「本当は差があるのに、差がないと判断してしまう確率」と深く関係している。 いわば“見逃し”を構成する記号だ。

 

『圧倒的LØVE』の2回目サビ直前には、

「共通点探すはずがギャップにやられてる 意外な角度で来るのやめて避けられないから」(稲葉愛香『圧倒的LØVE』より引用)

という歌詞がある。あの部分を聴いたとき、私はなぜか第2種の過誤を思い出した。

共通点を探すという行為は、差がない前提(帰無仮説)に立っている。でも実際には、ギャップという“差”が存在していて、それに気づけていない。意外な角度から来る変化に、こちらの感度が追いついていない。

恋愛の文脈で考えると、これは案外自然な現象だと思える。

 

もし“Ø”が“Φ”だった世界線では、この曲は「恋の見逃し」を描いた統計ラブソングになっていたかもしれない。

Φは累積なので、感情の蓄積にも見える。気づかないまま積み重なっていたものが、ある瞬間に閾値を超えて“差”として立ち上がる。まるで、長い観測期間の後に突然イベントが発生するような、そんな恋の始まり方。

Øは“始まる前”の記号で、まだ何も定義されていない状態。Φは“始まっているのに気づけない”状態。どちらも恋愛の一側面を表しているが、Φだった世界線の『圧倒的LΦVE』は、きっともっと人間的で、もっと切ない。

 

Juice=Juiceの楽曲に触れてから、私は歌詞を“別の視点で読む”楽しさを知った。その延長線上で、統計学の記号が恋愛ソングに紛れ込んでいるように見える瞬間がある。

恋はしばしば、検出力不足のまま進行する。そして差があるのに、差がないと思い込んでしまう。統計学的にはエラーだが、恋愛ではむしろ自然なことなのかもしれない。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

『圧倒的LØVE』、とても素敵な曲ですので、ぜひ一度お聴きいただければと思います。