椎名裕という友人の事。。。 | Stateless-Girl

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                  作曲家 Stateless-girl Shiyuのつれづれ絵日記


今年、10月14日に亡くなった友人、椎名裕。
携帯の電話帳登録は、この名前ではないのですが、
公に書くという事で、この名前を使います。
まず、ご家族の方に御悔やみを申し上げます。



これを書かねば、年を越せないと思っていました。
アメブロの更新が止まってしまっているのは、実はこれが書けていない為でした。

裕ちゃんインターネットで知り合って、もう9年くらい。
当時、”自分の闇”な部分と向きあう為にネットサーフィンをしていて、
たどり着いた1つのホームページが彼女のサイトでした。
そこは「胸が小さいからってなんだー!おらー☆」(笑)
というノリの天真爛漫サイトでした。
(これほど、天真爛漫という言葉が似合う人には、この先出会うことは無いのでは?と思っています。)
そんな所に集まるメンツはやはり皆素敵で楽しくて。
裕ちゃんはキラキラし過ぎて、自分の奥底の闇の部分と比べてしまうと、
妬ましく感じてしまう事もありました。
なんで、そんなに直球で行けるの?なんで?と。

しかし、彼女自身、実はキラキラだけではありませんでした。
裕ちゃんは性分化疾患、俗にいうIS(Intersexuality)でした。
彼女の笑顔の裏では、相当の身体負担と心の葛藤があったと思います。
跡取りが必要な家の彼に対して、子供が産めない身体である事に悩んだり、
家出の事や、身体を壊してまで自分と向きあうそれは、
10代半ばの人生としては、壮絶と言ってもいいくらいの事でした。
純粋故に、起こってしまった事件とか…ね。
まるで、小説の様でしょ?
ISは身体的には未熟になってしまうのもあり、入院したり嫌な検査があったり、
普通に考えれば、とても笑顔でいられるだろうか?と思うと、
彼女の不思議さをものすごく実感できました。
裕ちゃん自身の葛藤を知り合ってから今まで、少しずつ変化してゆくのを見させてもらったのは、
自分の思考にも少なからず影響があったと思います。
本当の強さを知った気がする。
だから、凄く感謝してます。
その感謝をLiveで伝えたかったのですが、入退院を繰り返す彼女とタイミングが合わず叶いませんでした。

彼女は、あたしの作る音楽のファンでいてくれました。
謙虚過ぎるコで、あたしの事を友人ではなく、いちアーティストとしてしか思ってなかったかもしれません。
でも、携帯メールで、お互い彼氏の愚痴をしたり、相談にのってもらったりして、
あたしはメール不精で、たまに思い出した時にしかメールのやり取り出来なかったのですが、大切な友達だったのよ!と言いたい。

「いつまで生きられるか分からないから☆」と、自分の死期をいつも感じながら、
たくさんの人の心配をしたり勇気を与えたり、そんな事に頑張る裕ちゃん。
10代の頃の裕ちゃんは25歳のあたしに「おばちゃん♪笑」って言いやがったけど、裕ちゃんもおばちゃんの歳になれたんだよねw


裕ちゃんは、25歳という若さで旅立ってしまいました。
人生とは、経験とその記憶デス。
人の身体は生まれてから、細胞は常に入れ替わり、常に新しい身体に作り変わっています。
脳も。
そんな人間、アイデンティティを形成するのが経験と記憶。
彼女は、生きた年数は短いものでしたが、経験と記憶だけでみれば、
人より何倍もの人生を生きたのかな…と思います。
25年で何人分もの一生を一気に駆け抜けたのかな、そんな景色はどんなだったかな、
この数ヶ月、そんな事を考えながら、裕ちゃんの見たビジョンを思い描いています。

この人生で出会えた事、とても大きな出来事の一つです。
ありがとう。
その笑顔、一生忘れません。
本当にありがとう。
いつか、何処かで会えるといいな。