こんにちは。(実は、こんばんは)
今日は、「考える習慣」というテーマで書いてみようと思います。
今、小学校に学習支援に行っていて、とても思うのです。
「なぜ、君は、そう考えるのか?」
「なぜ、君は、そう考えたのか?」
「どう考えて、君は、その式をたてたのか?」
考えた理由を述べないといけない問い。
結構、問われるわけです。
子ども達は、ノートに自分の意見を書く時間も与えられる。
そして、発表。
残念ながら、若干、私が見ている限りでは、男子優勢。![]()
手のあげ方が違うのです。
勢いがある。
とにかく自分の意見を言いたい(意欲に満ち満ちているです。)
ふっと、学校の授業がかわりつつあるんだなと感じる瞬間です。
ただ、習い、覚えて、できるようにするのではなく、考えて、それを記し、その考えを発表する。
また、お互いに教えあう時間がとられる。
ということで、もし、参観などがある場合は、そういう点を意識してみてみるのも面白いかもしれません。
ただ、教わって、その通りやって、正しい答えを導きだせれたら、それでOKという時代が終わりつつある。
もちろん、覚えるものは、覚えなくてはならないですが。
よく、塾では、算数の文章題を解いていて、子ども達は、言います。
「先生、これ、たすの?ひくの?かけるの?わるの?どうしたらいい?」
ある程度、言葉回しにパターンがあるから、教えることもできるけれど、
一番簡単なのは、自分の頭で考えることです。
しかし、現実には、なかなか考えてくれない。![]()
早く、早く、答えを計算で出してしまいたい、
だから、とにかく、与えられた数字を駆使して、
答えをだすぞになっていないかな。
機械的に大量の問題を解く練習もテストで点数を取るためには、ある程度は必要。
英単語を覚えるのも、意味やスペルが書けないとやはり点数に響いてこない。
でも、ちょっとでも、違う問題が出たときにできなくなっていないかな。
答えをとにかく、早く計算して出してしまいたい気持ちもわかる。
でも、日頃から、少し、立ち止まって、考える習慣をつけていくこと。大事じゃないだろうか。
すべてを鵜呑みにしない。(大人にも耳が痛い。)
めんどくさくても、一つ、一つ考えていく。
その考える習慣がないと、たぶん、きっと将来困ってくる。
計算は、計算機が、コンピューターがやってくれるじゃない。
そうなんです。自分で考えて、答えを出して、なぜ自分がそう考えたのかが言える子が、
ただいま、増産されています。
20年、30年後、大人になった彼らが、社会で力を持った時、世の中がどう変わっているのか、
少し楽しみになってきました。
長生きしましょう。