現地での学びの大きさ
東日本大震災。
私はその頃、東京にいて小学2年生だった。
クラスでホームルームをしていた時で、窓と壁が割れそうなくらい揺れていたのを覚えている。カメを飼っていた水槽が割れて大変だった記憶がある。
家に帰ると、8階だったからかまだ大きく揺れていた。大きな本棚が倒れ、家の中は床が見えないくらい散らかっていた。電気を使えず、水を買うために自動販売機を歩き回った。
当時の私は、その状況がいかに非日常であるか、おかしい状況であるか理解できていなかった。テレビで、津波の映像が流れていても、その映像が同じ国内の、すぐ近くで起きていることだとはどうしても理解できなかった。原発に問題が起きたと世間が騒いでも、何が問題なのか分からなかった。
12年経った今ならわかる。
津波に流され、今は草原となったこの草の上を歩いていると、自ずと涙が溢れそうになる。
陸前高田市を訪れて、街中を歩いて、かつて中学校だった校舎の中で当時(3.11)の話を聞いていたときだった。
ブィーンブィーン、とサイレンが鳴り、無線が流れてきた。
どうやら、どこかで火事がおきたらしい。私たちは、しばらく声が出なかった。
あまりにもリアルすぎて、怖かった。
火事でさえこんなに怖い警報が鳴るのに、あの日はどうだったんだろう。
あの日は警報が鳴りやまなかったそうだ。
いつもっと大きな津波がくるか分からない。二次災害、三次災害で火事が起きたり、寒さで凍えるなか聞く警報音を想像してみる。
この研修に参加してからずっと後悔していることがある。
それは、 なぜもっと早く来なかったのだろう ということだ。
もっと早くここに来ていたらよかった。
来てみないと本当に何も分からない。分かったつもりになってしまう。
本とかテレビ、写真、新聞を見て、いくらたくさん勉強しても、現地に立たないと感じ取れないものがある。
空気、被災した方の声、残っている震災遺構の姿、町並み、、、
この夏、
身をもって体感した学びの一つだった。