不動心
ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手が愛する野球への思いを書きつづった「不動心」(新潮選書)が2月17日に発売された。
左手首骨折という大けがから再起するまでの心の内、さらには野球を通して学んだ大切なことを、率直な言葉でつづっている。
渡米前に聞いた松井の生の声とつづられた印象的な言葉を紹介する。
◆コントロールできない過去よりも、可能性ある未来にかけます。”松井の思い”一冊に
2006年5月11日。
スライディングキャッチを試みた松井の左手首があらぬ方向に曲がった。
左手首骨折。
松井が誇りとしていた連続試合出場記録は1768試合で途切れてしまう。
それから125日。手術とリハビリを乗り越えてヤンキースタジアムに戻ってきた松井を、ニューヨークのファンはスタンディング・オベーションで迎えた。
声援に応えるかのように松井は4安打を放ち、ファンを歓喜させた。
松井は本書にこう書く。『やはり、骨折はショックな出来事でした。しばらくはクヨクヨしていました』
そんな松井を励ましたのは一本の電話だった。
「松井、これから大変だけどな。リハビリは嘘をつかないぞ。頑張るんだぞ。いいな、松井」
声の主は、自身が脳梗塞のリハビリに励んでいる長嶋茂雄さんだ。
- 松井 秀喜
- 不動心
左手首には太いボルトが7本埋め込まれたままだ。
松井はその事実を客観的に受け入れ、その手首で結果を出すために、リハビリ中から打撃フォームの改造に着手した。
『いつか現役を引退する時、左手首を見つめて「おい、あの時骨折してよかったなあ」と語りかけてやりたい』
こんな言葉も。『僕は困難に直面した時「今、自分にできることは何か」と自問します。悔やみ、落ち込むしかないのでしょうか。多くの場合、そんなことはありません。きっと、前へ進める選択肢があるはずです』
「こんなことを書いてはいますが、実はできていないことも多いんですよ。つまり自分を叱咤するために書いたメッセージだと理解していただくと助かります」と松井は照れる。
本書を読んで強く感じるのは、松井には、どんな苦境に置かれても「人間万事塞翁が馬」と考えられるある種の楽観主義と、良いところも悪いところも全部ひっくるめて自分を客観視する勇気があるといいうことだ。
「自分に対して最も厳しい批評家であろうと意識しています。客観的に自分を見つめなければ、何が足りないのか分からないじゃありませんか。足りない部分を自覚し、それを補うために階段を一段ずつ上ってゆく。それが僕のやり方です」
松井の人生哲学がもっとも強く現れているのは次の言葉だろう。
『悔しさは胸にしまっておきます。そうしないと、次も失敗する可能性がでてきてしまうからです。コントロールできない過去よりも、可能性ある未来にかけます』
松井は、自分でコントロールできることとできないことを峻別する。
「メディアや人の心、そして過去も自分ではコントロールできません。しかし、自分の未来ならコントロールできる。インタビューで、感情をあらわにしないことに不満を持つ方もいるようですが、過去に引きずられたくないから決して口にしたくないんです」
最後に本書のセールストークを頼むと、考え込み、こう口を開いた。
「心の交通整理が必要な時に、役立つことがあるかもしれません」
松井らしい謙虚な言葉だった。
(2月19日付産経新聞 より)
提供: 株式会社スタートライン