第1 小問(1)
1 本件において,甲は,A会社に無断で, A大阪店という「商号」(会社法8条2項)を用いている。そこで,株式会社Aとしては,甲に対し,会社法8条2項に基づいて商号の使用差止請求をすることが考えられる。
(1) 会社法8条2項は,同条1項違反を要件としている。そこでまず,甲が会社法8条1項に違反しているのか検討する。
ア 会社法8条1項の「不正の目的」とは,違法な目的をいうと解する。 なぜなら,他人の営業と誤認させる目的の有無を問わず,それが不正である限り使用が禁止されるべきだからである。
本件についてみると,甲A会社に無断で商号を用いているから,甲には,違法な目的があったといえる。
イ また,甲は,A大阪店というA会社の支店であるかのように装っていることから,「他の会社であると誤認されるおそれのある…商号」を「使用」している。
ウ したがって,甲は,会社法8条1項に違反している。
(2) そして,A会社は,かねてから関西地方に進出することを企図していたのであるから,甲が商号を使用することにより,A会社の「営業上の利益を侵害され…るおそれ」が認められる。
(3) よって,A会社は,甲に対し,会社法8条2項に基づきA大阪店の商号の使用差止請求をすることができる。
2 次に,A会社は,甲に対し,競業避止義務違反(会社法356条1項1号,365条1項)を根拠に会社法423条1項に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。
(1) まず,甲は,自らA大阪店の商号を用いて衣料品の販売を開始しているから,「自己」(会社法356条1項1号)のために販売行為を行っているといえる。
(2) 次に,甲は,Aの営業地域とは異なる関西地方で高級衣料品の販売を行っている。そこで,甲の行為は「事業の部類に属する取引」にあたるのか,「取引」の意義が問題となる。
ア 会社法356条1項1号の趣旨は,取締役がその地位に基づいて知りえた取引先の情報等を使用して,取引先を奪うなどして会社に損害を与えることを防止することにある。そうだとすると,「取引」とは,会社が実際に行う事業と市場において競合し,会社と取締役との間に利益衝突をきたす可能性のある取引をいうと解される。
イ 本件についてみると,A会社は,かねてから関西地方に進出することを企図していた。そうすると,A会社は,関西地方への進出を準備していたといえる。そして,A会社が販売する大衆向け衣料品と甲が販売する高級衣料品は厳密にいえば異なるものではあるが,衣料品という点で共通しており,A会社は,あくまで主に大衆向けの衣料品の販売をしているにすぎない。したがって,甲が関西地方において高級衣料品の販売を行うことは,A会社が実際に行う事業と市場において競合し,A会社と甲との間に利益衝突をきたす可能性がある取引にあたる。
よって,甲の行為は「事業の部類に属する取引」にあたる。
(3) そして,競業取引を行う場合には,株主総会(取締役会設置会社においては,取締役会)の承認が必要であるところ(会社法356条1項1号,365条1項),甲は,A会社に無断で販売行為を行っているから,A会社の株主総会(取締役会)の承認を経ていない。それゆえ,甲は,「任務を怠った」といえる。
(4) 以上より,A会社は,甲に対し,会社法423条1項に基づく損害賠償請求をすることができる。
なお,会社による損害額の立証の困難さを排除するため,競業取引によって取締役または第三者が得た利益の額が「会社に生じた損害」の額と推定される(会社法423条2項)。
3 さらに,A会社は,株主総会の決議により、甲を解任することができる(会社法339条1項)。本件では,甲に競業避止義務違反という解任の正当理由があることから,A会社は,解任にあたって,甲に対する損害賠償義務を負わない(会社法339条2項)。
4 また,A会社が監査役設置会社であれば,甲の競業取引により会社に著しい損害が生じるおそれがある場合には,監査役は,競業取引の差止請求をすることができる(会社法385条1項)。
以上