第1 代表取締役乙に対する請求

1 丙は,甲会社の代表取締役乙の行為により,甲会社に対する債権を取り立てることができなくなっている。そこで,丙としては,乙に対し,会社法4291項に基づいて損害賠償請求をすることが考えられる。

2 会社法4291項は,「悪意又は重大な過失」があることを要件の一つとしている。そこで,悪意・重過失の対象は何なのか,会社法4291項の法的性質と関連して問題となる。

(1)  会社法4291項の趣旨は,株式会社が経済社会において重要な地位を占めており,その活動は,取締役の職務執行に依存するものであることを考慮して,第三者を特に保護しようとすることにある。そうだとすると,会社法4291項は,第三者保護の観点から,不法行為責任とは異なる特別な法定責任を規定したものと解される。そこで,悪意・重過失の対象は,一般不法行為より緩和されて,取締役の会社に対する任務懈怠についてあれば足りると解する。

(2)  本件についてみると,乙は,明らかに過大な設備投資を行っている。このような設備投資を行うには,「重要な財産の処分及び譲受け」(会社法36241号)に該当するから,取締役会の決議が必要である。それにもかかわらず,乙は,取締役会の決議を経ずに,独断で本件設備投資を行っている。そして,取締役会の決議が必要であることにつき,乙は,容易に知り得たといえる。したがって,乙は、甲会社に対する任務懈怠について,悪意または重過失であると認められる。

3 次に,丙の損害は,甲会社が倒産したことにより債権回収ができなくなったという間接的に生じた損害である。このような間接損害も会社法4291項の「損害」に含まれるのか問題となるが,会社法4291項の法的性質を特別な法的責任と解する以上,第三者保護のため,「損害」には広く間接損害も含まれると解される したがって,丙の損害も「損害」に含まれる。

4 そして,明らかに過大な設備投資が,資金繰りの悪化による倒産につながることは通常であるから,乙の任務懈怠と丙の損害との間に相当因果関係が認められる。

5 したがって,丙は,乙に対し,会社法429条に基づく損害賠償請求をすることができる。

第2 乙以外の取締役に対する請求

1 また,丙は,乙以外の取締役に対し,会社法4291項に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。

2 本件において,乙は,独断で過大な設備投資を行っていることから,乙以外の取締役は,積極的に関与していたとは認められず,また,取締役会にも上程されていないといえる。そこで,取締役の監視義務が取締役会の非上程事項に及ぶのか問題となる。

(1)  取締役は,取締役会の構成員として取締役の職務執行の監督をその職責としている(会社法36222号)。そうだとすると,取締役は,取締役会に上程されずとも,取締役会を招集(会社法3661項,2項)するなどして,職務執行が適正に行われるようにする職務を有していると解される。そこで,取締役の監視義務は,取締役会の非上程事項に及ぶと解する

(2)  本件についてみると,乙の過大な設備投資から甲会社が倒産に至るまで,何らかの措置が行われたという事情は窺えない。したがって,乙以外の取締役は,乙に対する監視義務を怠ったといえ,任務懈怠につき悪意・重過失であると認められる。

3 そして,丙の損害は「損害」に含まれ,乙以外の取締役の任務懈怠と丙の損害との間には相当因果関係が認められるといえる。

4 よって,丙は,乙以外の取締役に対し,会社法4291項に基づく損害賠償請求をすることができる。

第3 監査役に対する請求

1 さらに,丙は,甲会社の監査役に対し,会社法4291項に基づく損害賠償請求をすることが考えられる。

2 監査役は,取締役の職務の執行を監査する機関である(会社法3811項前段)。

また,本件では,監査役設置会社であることから,監査役の職務と権限は,会計監査および会計監査以外の業務全般に関する監査に及ぶ(会社法3891項)。

3 そして,会社法384条・385条が違法性を要件としていることから,その業務監査権限は適法性監査にまで及ぶ。

本件では,乙の過大な設備投資が取締役会の決議を経ていないから,会社法36241号に反する違法なものであり,監査役は,取締役会の招集権限(会社法3832項,3項)等を通じ,これを監査すべき権限がある。それにもかかわらず,何らかの措置が行われたという事情は窺えない。したがって,監査役は,乙に対する業務監査義務を怠ったといえ,任務懈怠につき悪意・重過失であると認められる。

4 そして,丙の損害は「損害」に含まれ,監査役の任務懈怠と丙の損害との間には相当因果関係が認められるといえる。

5 よって,丙は,監査役に対し,会社法4291項に基づく損害賠償請求をすることができる。

   以上