第1 小問(1)
1 甲会社の代表取締役Aは,取締役会の決議を経ることなく,乙銀行から20億円を借り入れている(以下,「本件借入れ」という。)ところ,甲会社の内規によれば,10億円以上の借入れには取締役会の決議が必要であるとされている。そこでまず,会社の内規に反する取引の効力をいかに解するか問題となる。
(1) 会社法349条4項によると,代表取締役は,株式会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有している。もっとも,この権限に制限を加えることも可能である(会社法349条5項)。会社の内規は,同条項の制限にあたると解される。そこで,会社の内規に反する取引は,善意の第三者に対抗することができないと解する。
(2) したがって,本件借入れは,乙銀行が善意であれば,甲会社が乙銀行に対抗することができない結果,有効となり,乙銀行が悪意であれば,甲会社が乙銀行に対抗することができるから無効となる。
2 次に,会社法362条4項2号によると,取締役会は,「多額の借財」(会社法362条4項2号)の決定を取締役に委任することができないとしており,取締役会の決議が必要であるとしている。この趣旨は,借財により会社が多額の金銭支払債務を負担することで,会社に重大な影響を与えることから,取締役会決議により慎重に判断させることにある。本件借入れが「借財」にあたることに問題はない。問題は,20億円が「多額」にあたるかであり,「多額」の判断基準が問題となる。
(1) この点については,「多額」か否かというのは相対的な概念であり,会社の規模・目的・状況,借財の額,従来の扱い等を総合的に考慮して判断すべきと解される。
(2) 本件についてみると,借入額20億円は,資産総額200億円の10分の1に上るため,その金利の支払いが,純資産や当期利益に与える影響は相当大きいものと推認される。また,甲会社の内規が,取締役会が「多額の借財」にあたると判断したラインを明確化したものと考えると,その内規の10億円の2倍にあたる20億円借入れは,甲会社にとって「多額の借財」にあたるといえる。
3 そうすると,会社法362条4項2号により,取締役会の決議が必要となる。ところが,Aは,取締役会の決議を経ていない。そこで,取締役会の決議を経ないでなされた代表取締役の取引の効力をいかに解するか問題となる。
(1) 取締役会の決議がない場合には,会社の業務執行の意思決定機関であると取締役会の意思と代表者のなした意思表示に不一致があり,その不一致を代表者が知りつつ意思表示をした点で心裡留保(民法93条)と類似の構造があると解される。そこで,民法93条の類推適用により,取引の効力は,原則として有効であるが,相手方が取締役会決議を経ていないことを知り,または知ることができた場合には,無効になると解する。
(2) したがって,本件借入れは,原則として有効であるが,乙銀行が取締役会決議を経ていないことを知り,または知ることができた場合には,無効になる。
第2 小問(2)
1 甲会社の内規によると,Aが乙銀行から2億円を借り入れる行為には,取締役会の決議は要しない。また,甲会社の資産総額からすると,2億円の借入れ(以下,「本件借入れ」という。)は,「多額の借財」にもあたらず,その決定については,取締役会から委任されているものといえる。したがって,この点についても,取締役会の決議を要しない。
2 しかし,Aは,自己の住宅購入資金にあてるために,甲社の名において乙銀行から2億円を借り入れている。そこで,このような代表権濫用の場合において,取引の効力をいかに解するか問題となる。
(1) 代表権濫用の場合には,取引について,内心的効果意思と表示行為との間に不一致はないが,自己のためにするという動機と,会社のためにする表示との間には不一致があり,心裡留保(民法93条)と類似の構造があると解される。そこで,民法93条の類推適用により,取引の効力は,原則として有効であるが,相手方が代表取締役の意図を知り,または知ることができた場合には,無効になると解する。
(2) したがって,本件借入れは,原則として有効であるが,乙銀行がAの意図を知り,または知ることができた場合には,無効になる。
以上