小さい頃、「死」について、考えたことがある。

かなりビビッた記憶がある。


「死」んだことはないから、どんなものなのか想像するしかなかった。

類似の例えとして、「眠る」ということが思い浮かんだ。

「眠る」とはどういうことだろう・・・?


毎日、「眠」っているけど、一体いつ本当に「眠」ったのかわからない。

気づいたら、寝ていて+朝の目覚ましが聞こえる、といったところだ。

この足し算の、寝ていて、だけの部分が、最も「死」に近いと考えた。


すると、前述したように、かなりビビッた。


確かに、「眠」っていると気持ちいい (正確には、二度寝の瞬間)。

しかし、それがずっと続くとなると、一体どうなってしまうんだろう?

この疑問を抱いたときにビビッた。

なぜ、ビビッたのかは、わからない。



━━数年後、「死」について考えることはやめていた。

いかに、今を楽しむか、それに全力を尽くしていた。

なぜ、そう思ったのか?

これには答えることができる。


「死」はおそらく避けられない。

避けられないモノにビビッていてもしょうがない。

だったら、せっかく生きているんだから、この状況を楽しもうではないか (もちろん、他人の楽しみを奪ってはならないことを含む)。


そんなようなことを考え、僕は今を生きてます。