ヨーロピアンな感覚 | ぼうけんのしょ

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前は分かってなかったけど、「あぁ、ヨーロピアンってこういうもんか」とか感じたこととして。

2つ気づいたこととして、「パンの存在感」と、「おしゃべりの内容」ということがありました。

 

 

●パン主食のひとたち

 

以前も、あんまり深く付き合いが無い仕事仲間として、ヨーロピアンがちょいちょい、会社にいました。

彼らの「対日本とのおつきあい」としては、一応口当たりのいいことを当然いいますけどグラサン

少しつっこむと、大概、チーズとパンと、一般的なおしゃべりの感覚に、違和感を持ってるということを言う人がいたりニヤリ。日本人は、ホンネを言わないから付き合いづらい、という。

 

 

チーズについては、即理解できましたよ。

全然ちがうもん、プロセスチーズとは。やっぱりマクドナルドと手作りハンバーガーみたいな違いで、不満を感じるよなーとグッド!

 

 

パンに関する不満は、何言ってんだムキー、とおもってました。

 

ヨーロピアンの価値観的には、「批判的であること」が、ごく普通の感覚だったりなんで、批判精神を発揮した会話をすることが、当然、という感覚もあるから、日本のパンをネタにいじってたりするだけなんだけど、それも日本だと、悪口に聞こえたり、見下されているように感じる人もおおいけども。

 

見下しうんねんはさておき、日本のベーカリーだって、美味しいじゃん、何いってんだ、という感想でしたチュー

 

まぁ「批判をする」ってのは、ある程度、異文化に適応するストレス解消だったり、安心感が欲しいときに、やることですわね。ごく簡単な、脳のストレッチなわけで。

 

 

でも、ドイツでベーカリーをたーくさん、食べあるいて、スーパーでお買い物して、屋台でソーセージ買ったりしてたら、気がつきましたよ、彼らの不満が何なのか。

 

 

まぁ、地域によって特色のあるパンが好まれているんで、全員同じ好みではないにしろ、

食事用のパンと、日本のパン屋さんのパンとは、違うなーという。

 

ヨーロッパの食事用のパン=日本のご飯

ヨーロッパのおやつ用のパン=日本のベーカリーのペストリー類など

 

 

日本のベーカリーパンは、たとえるなら、チキンライスだったりチャーハンなわけで。

 

ヨーロッパの食事用パンが恋しくて、日本のパンを批判するヨーロピアンたちは、日本人が海外で「何も味付けの無いコメが食いたい」と恋しくなる感覚と同じなわけだー。

 

 

食事用のパンは、種類はいろいろあれど、全般的に無個性で主張のない、無味なタイプが多いなーと。

 

そりゃまぁ、ライ麦パン、白いパン、重い黒パン、バゲットなど、色んな「食事用パン」があって、好みがあるわけだけど。

 

ドイツのほとんどの屋台でソーセージを頼むと、カリーブルストみたいなやつ以外は、大抵、この食事用白パンが、何も言わずにくっついてくる。

私としては、ビールのお供にしたくて買ったんで、パンはいらないよ、というときのほうが多いんですが、「パンはいらない」と言えずに、そのまま貰ってましたが爆  笑

 

このパンが、とにかく無個性で主張のない、小麦粉をイーストで膨らまして焼きました、というやつで。

そしてどしっとして、日本のパンみたいなフワフワじゃなく、がっつり噛み応えがあるタイプ。

フランスパンみたいなサクッとした固さとは違う、モチっでもないけど、とにかく硬くかみ締めないとという。

 

これがまぁ、日本人にとっての白米、にあたるんだろなー。

そして黒パンとかは、コメの銘柄というか。

 

ササニシキじゃないとヤダ、という人や、コシヒカリの新米じゃないと、いや私は玄米一筋、という人がいるように。

 

 

そういう感覚でみると、確かに日本のベーカリーのパンは、おやつ用、であって、

特にサンドイッチ用とかバケットとかはちゃんと食事用、ではあっても、甘みが加わっていたり、やわらかくされていたり、塩やバターをきつくいれていたり、という違和感を感じてるんだろな、と。で、おまけに、向こうのパンよりも高いニヤリ

 

 

まぁでも、日本人がヨーロッパで恋しくおもう白米よりは、キミらは日本の多数の店でイロイロ手にはいるわけだから、我慢したまえよ、とは思うけどもネ。

 

でも、そーいう話をする、ということが、ヨーロピアンにとっては、「ほんのり批判精神をまぶしたホンネの会話」としてアタリマエなことで、決して非礼とか、見下したいとか、そういうのではないよね。

 

とかく、この点が、よく日本人が誤解しているなーと思う点としてあります。

確かに見下すタイプの人もいますが、何気ない批判精神の発露を、ホンネの会話として楽しみたいだけ、というパターンが多かったんだなーと。

(私も前は、いちいち見下しやがって、という感じもしてましたけども)

 

 

●ホンネの批判精神まぶした会話

 

日本人だってそうだと思うけど、世間話、しかも、あたりさわりのない会話、って結構つかれるよね。

とかく日本の会社社会では、この「誰とも摩擦を起こさないだろう会話」のスキルのレベルが問われるというか。

 

波風たたせたくない、という感覚があるよね。

 

そして、やっぱり知的な刺激を受ける会話、というものをしたい。

そして、そんなときには、やっぱり、論争の的になってる話題、とか、

ちょっと会社の世間話としては、重い、という話をする。

 

これはまぁ、飲みにケーションというやつで、会社では、なるべく波風たたせないようにして、会社を一歩でると、ホンネでくだをまく。

 

ところが、欧米人的には、この飲みにケーションというやつがない。

なので、日本的感覚だと「日常のあたりさわりのない会話」からは外れたものを、普段の会話として盛り込んでくる。

 

(盛り込んで来ない場合のほうが多いと思う、在日外国人たちも、空気読んでるから)

 

そう、こういう会話が無いのが、寂しいというヨーロピアン、多いよね。

 

特に日本での会社での付き合いの中で、飲みにケーションを嫌うタイプの人がよく、「日本人はホンネを言わないから嫌いだ」「会社の仲間と業務的に飲みにいくなんて、ばかみたいだ」的なことを、ストレスたまってぶちまけたりしてた。

 

 

 

これも、わかってきたんだけども。

 

日本人同士でも、なかなか「宗教・政治・イデオロギー・差別・社会情勢」などような重い話を、普通の日常の会話に盛り込むのをためらうの、あるよね。

ごく普通の関係だと、なかなか話さないだろうね。

 

まぁ、「社会情勢」については、極力政治色のない、お上へのグチ、というスタイルで、みんなよくやってるし、仕事にからむような新聞記事については、盛り込めないとアホ扱いされるよね。

でも、仕事に絡まないところでの、ホンネの会話は、結構、しづらい社会だなーと思うよ、ほんとに。

 

だけど、ヨーロピアンたちは、こういう「知的論争」的会話をたまに盛り込むことを、ふつーに好む。それが、日本では凄くやりずらい、というのが、彼らの悩み、だったりする。

 

 

 

この辺は、わたしは結構、このボーダーがないタイプなので、わりとどんな話題になっても、ある程度いい感じに進める自信もあるし、どんな話題をふられても、全然OKだったりする。

 

けど、日本だと、あんまり会話が成り立ってないような関係で、これをしたがるヨーロピアンとかちあってしまった場合は、「喧嘩売ってんの」的反応を巻き起こしたりもしているようで。

 

お互い、誤解してるんだよね。

 

 

ヨーロピアンたちは単に、世間話以上の会話をしたがってるだけ、なんだけど、

日本だと、そこまでに行くステップというものがあって、飲みにケーションでなんとかしてるという風土がある。

 

 

だから、もしこういうヨーロッパ出身の人で、日本人と上手くいってない人が周りにいたら、積極的にからかって議論に巻き込んでやってほしい爆  笑

 

って、それもまた、むずかしいんだけどねー。彼らもすぐに「差別」に結びつける発想があるから、これは自分達を差別しているのか、という感覚になっちゃうからてへぺろ

 

 

でも、笑顔で、無邪気にジョークを言い合ったら、その次は、そうしてやることが親切なんだよ、と思うウインク