難民・・・やっぱりか・・・ | ぼうけんのしょ

ぼうけんのしょ

L□∨Ε...φ( ̄▽ ̄*)ポッ

ルールナッハリヒテンです。

http://www.ruhrnachrichten.de/nachrichten/vermischtes/aktuelles_berichte/Koeln-und-Hamburg-Entsetzen-und-Krisentreffen-nach-Uebergriffen-auf-Frauen;art29854,2913024

大晦日に、ケルンで大量の移民が女性を集団で襲うという性犯罪を犯し、ケルン市長は最大限の強い言葉で非難。

同様の強姦事件などがハンブルグ、シュツットガルトなどでも発生している模様。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

ワタシ。。。ケルンに4日間いましたが、およそ中心部には近寄らず、ドイツ人しか居ないカンジのフレッヘン周辺をさまよってましたから、無事だったのかも・・・

また、ノルトライン=ヴェストファーレン州は、ドイツの中でも比較的多くの難民移民を受け入れてしまった場所、として、その他の場所から敬遠されているということも、ドイツから帰ってきてから知りました。

しかし、ケルン中心部、私が居たときには、フランスのテロ事件の直後でしたから、大勢の警察官がパトロール。

私も黒い大判ストールをマントみたいに巻いていたら、道行く人の観察を続けている警察官が「ん?」と言う感じで見るんですよ。
そしてパトカーが通り過ぎるときにも、「ん?」というカンジで目を向ける。ただ、無実ですよというつもりで、顔を全面にお見せして、微笑を浮かべて見ると、なーんだ日本人か、みたいに、さっさと通り過ぎてくれましたが(笑)

やっぱ黒いマントみたいなデザインはイスラム女性っぽいんだろうなーと思って、急いでストールをやめました。
せめて黒じゃなくて、明るい色だったらよかったなーと。黒じゃないと、旅行のときは服を選びたくないからなー。


まぁ、不幸中の幸いというか、テロ事件の周辺は、警察の警備も厳重だったから、問題も起きていなかったのが、少し平和になり、手を緩めたということなんでしょうかね。。



ケルンという街を、私があまり好きになれなかったのは、道行く人が、ドルトムントよりも冷たかったから、ということと、お金をおねだりする何人か分からない、背の低い浅黒い人種が結構沢山いたこと。

そもそも大聖堂は、興味ないし、チラ見で十分という、へそまがりな私ですから。


ドルトムントでは、2週間ぐらいはお金をねだる人には会わず、代わりに寄付を求めるフリをして、お金を掠め取ろうとする、ボランティア詐欺に2回会いました。もちろん、ドイツ語わかりませーーんで切り抜けました。

ケルンでは、到着して即、お金を直接、金額まで指定して、英語でねだられましたんで、いやーな印象を持ってしまった。更に連続して、話しかけても無視する女性2-3人に会い。

ただし、その後で、ものすごーーーーーーーく親切な人に何人も会った。
ホテルの人もものすごーーーーーーくよくしてくれた。
いつも笑顔で、陽気で楽しいおじさんで、挨拶したり、テロのことをおしゃべりしたり、ビミョウな英語でだけど、楽しい会話ができた。

道を尋ねても、何人も、知らん顔をする人にも会いましたが、そらそーだわ、と思いました。
東京だって同じだし、名古屋でさえ、結構警戒するし、こんだけお金ねだる外国人がウジャウジャいたら、外国人=不審だとみるわな。それに観光地として名高いところは、大概、外国人にウンザリしてます。

フレッヘンは、観光地から離れ、ほぼ、白人しかみないぐらい、ドイツ人オンリーなカンジだったけど、お店の人は普通に親切だったしな。
ファーストフードの店員さんが、アジア・トルコ・南米系ばっかりだったけど。アフリカンは逆に、少なかったし、生徒として、楽しそうに行き来する黒人をよく見た。
中東系は、観光客として沢山みたけど、住民かどうかは、判別できなかったな。

多分、ケルン在住の外国人が起こした問題というよりは、周辺のイスラム移民のなかで、計画的に行っているんじゃないかというのが、私の推察。レイプとか平気で作戦的にやることが多いからね。同じ時期に、性奴隷の扱いなどを、誇らしげに発表しているIS。
そして、集団で、という組織力、さらにハンブルグやシュツットガルトでも同時に行われたと言う大規模さ。
これもある種の、計画的テロなんじゃないかと、思ってしまう。

ドイツよ、負けないで。そんなやつらは、全員しょっ引いて、シリアに追い返すなり、追い出していいから。