とあるムスリム君 | ぼうけんのしょ

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ちと、このネタを公開してよいものか、迷いましたが。

ムスリムの方の道徳、というものに、最近、大きな驚きがありました。

ワタシが利用しているICQというチャットでは、まず大勢の人が参加し、自己紹介し、大勢で出来るのも僅かではありますが、そこで交流をするルームがあります。

自己主張をある程度していかなければならないので、誰も知り合いがいないパーティーにもぐりこんだような気分を味わえますにひひ


そこで多くの友達ができましたが、その中の一人、大変感じのいい、礼儀正しい、教養あふれる人で、性別は不明でしたが、話が合いそうだなと考えていたら、二人でのチャットルームに招待され、会話しました。

ハンティング・セクハラという側面も多くあり、最初の会話でほぼ判断できます。

今回、最初の会話では、イギリスに留学中であること、石油プラントなどを開発する事業を親が行っていること、男性、学生、ムスリムであることが分かり、女性への性的な嫌がらせをしない人であることがわかりました。出身国は、あえて書きません。

私も、性別、実年齢など本当のことを安心して話せ、ムスリムの考え方などにも触れ、イギリスに留学するムスリムが感じるカルチャーショックなどの話を聞いて、色々と刺激を受けました。

そこまでは、通常のネタとしてなんのためらいもなく書くのですが。

ここからはちょっと、はっきりしない書き方をします。


ムスリムの女性は、ほぼ一人で外に出られない、家に閉じ込められ、(国によって違いますが)免許もとれない状況で育ち、男性に顔を見せないために、ヴェールをつけるか、スカーフをつけます。男性の来客があれば、家の一室に閉じこもらされます。ヴェールは、目だけ見せる国もあれば、顔は見せる国もあり、さまざまです。

この顔を覆う習慣は、実はムスリムの道徳によるもの、ではないと彼は言いました。
これは宗教的なものではなく、習慣的なもので、違う事柄だと。

そして、道徳を守るために必要な習慣であると。
これは、同じことをサウジの男性も言っていました。

オイオイ、道徳の考え方がムスリムに根ざしているからだろう?
というツッコミはおいておいて。

まぁ、言いたいことは「宗教行事じゃないよ」というだけだろう。私から見ると、明らかに宗教行事なんですけどね。

彼らにとっては、「女性を危険から守るために、われわれはモラルを高め、守ることに協力し努力している」
ヒーロー気分なんですよね。


で、私の会話の相手は、21歳のイギリスMBA留学中というエリート君で、文化習慣を表現する英語は大変素晴らしく、勉強させてもらっていましたが、助けて欲しいことがある、というのです。

女性と付き合うことは、結婚してからしかできない。今のイギリス生活では、交流はしてもデートなどはしたことがない。そして自分はそれをすることが、許されない身である。
だから、貴方がデートしたときの話を、教えて欲しい。

アブナイ臭いが漂ってきました。

軽い、一般的なデートの話をして、さいなら、かな、と思いつつ、興味本位もあり、相手の礼儀正しさもあり、熱心さもありにひひ
「よろしい。とことん付き合ってあげよう」
となりました。

もちろん、ナニが知りたいのかは、明らかだったので、出来る限り「中性的に」表現して、「C」の段階の説明に入りました。「A」や「B」では、もっと早く先に行けと促されながら、「C」の段階では、なかなかそこを動きません。


また、オシベとメシベの基本的なことも全く知らされていないことが明らかで、ムスリムに説明することが、害悪になるのではないか?と、半分(いや、完全に)エキサイトしてしまっている相手に尋ねました。

「知らないままでいたほうが、よいのでは?」
「知ったからと言って、行わなければ害悪になることはない、大丈夫。次を早く教えて。」

ダイレクトかつ的確な表現で、可能な限り上品に講義いたしました。

そこで彼は、もう少し詳しく、と、とどまりたがるので(常習犯だな)、「とりあえず以上で概要は終わりです。」
というと、「アナタの写真を送って欲しい」といわれました。

私がなんと答えたかって?

「ムスリムは、偶像を崇拝することが、禁止されているはずでしょう?
 写真がないのであれば、害悪ではないと考えられるでしょうけれど、写真があるのであれば、害悪になる。少なくとも私にとっては害悪になるので、お断りします。」

小学生よりも、性的知識が乏しかった(避妊の概念すら知らなかった)けれど、もう21歳の自然の要求は、当たり前だけれど、はげしいものです。
そのはげしさを、どう対処するかも知らず(知らないフリをしていた可能性も高いが、本当に概念自体がないようなので、いちおう真実無知だったと見なす)、簡単に処理法を説明し、対処するように言いました。
本当に、生まれてから一度も、そういう教えを男性にも女性にも受けられず、困っていた、といい、妙なところで妙に感謝されるのも、何とも言えませんでした。


彼らは、とても道徳を大事にし、デートすることも害悪と考えるような考え方をしますが、まだあったことがない相手に、性的要求をすることを、害悪とは考えないのであれば、その道徳にどんな意味があるんだろうか?

もちろん、町で強姦するよりは、私を相手にエロチャットするほうがマシだけれど、「エロチャットで自己処理することで何とか自分を保つ男」でありながら、「自分は道徳を守っている」「自分は女性達の上に立ち、彼女らに道徳を守らせる守護者である」と考えていること自体が、間違っている。
まぁ、21歳のピチピチなコには、厳しい考え方であることは、承知していますが。

ムスリム男性に感じるのは、かなり「自分は正しい人間である」という、何か底知れぬ、大きな自信で、尊大でもあり、時にうらやましいと思いましたが、こうなると話は違います。

この、妙な自信を持つ男性は、国を問わずいますが、ムスリム男性は、ほぼ例外ないと思われます。

「オレはエロい、弱い人間」だと自覚して、女性よりもエライという誤解をなくし、同等に弱い同じ人間だと考え、何とか最善を尽くし(笑)対処していくほうがマシではないか。


また、彼は「国の女性は、みな結婚するまで処女で、それを守らせるのが男の役割、道徳を守ることが使命、女性はとても大切なものだ」という言い方をしていました。

なので、厳しいかもしれないけれど、

「ムスリムではない、女性である私の考え方では、貴方が今日みたいに、自分自身がコントロールできない、セクシャルなトークをやめられないことが、既に私のもつ道徳観に反していることになると思う。

我慢をすることも大切だけれど、性は、自然なことです。

自然なことではありますが、相手を傷つけないために、自分をコントロールするためには、きちんと知ることが必要で、道徳に反するから知らないままでいよう、というのでは、道徳を破る危険性を高めることになるでしょう。

今日、もしも貴方が私の答えを知っていて、性的興奮のためにわざわざ何度も質問したとしたら、それこそが害悪です。知らなかったということにしておきましょう。

デートや婚前交渉がムスリムの教えに反する、と貴方は言いますが、それは今日貴方がしたことを正当化するのであれば、何の価値もない道徳です。

今日貴方がしたことは、私を不快にさせたけれど、私は貴方のお母さんのような気持ちでいたので、構いません。

ですが私よりも、もっと傷つきやすい女性であれば、もっともっと、不快な思いをしたでしょう。

貴方が自然な要求を押し殺しているから、こういう形で爆発し、女性を不快にさせたのだとは、思えませんか?

私とは違う道徳を持った貴方を、非難するために言っているのではありませんし、自然な要求は、罪悪ではありません。

道徳とは、誰も傷つけないために、最大限、努力することを言うのでは有りませんか?

私や他の女性に不快な思いをさせることよりは、貴方の性の道徳観を変えていくこと、そのほうが良いと考えませんか?

セクシャルな話をして女性を不快にさせるよりは、イギリスで女性とデートしてきちんと避妊して経験すること、それによって自分の感情や体の状態をコントロールできるようになることを学ぶことが、正しい男性としてのありかたです。

友達が女性で大勢いるのであれば、その中で一番強そうで(笑)しっかりした女性を選んで、デートをしてきなさい。その先は、貴方にまかせます。彼女を不快にさせないで、二人が幸せな時間をもつことに努力することは、ムスリム以外の価値観では可能です。」

と諭しました。ムスリムに戒律を破れと、そそのかしたわけです。

恐らく、彼は日本の男性と比較して、純粋で潔癖な性癖とみえ、心底、不快な思いをさせたことを、お詫びしてくれました。

そして、道徳についての考え方を変えることは、大変難しいことではあるけれど、貴方の言うことが理解できたし、もっと考えていきたい、本当に貴重なことを言ってくれた、有難う、これからも是非いいお友達でありつづけたい、といわれました。


一つの不自然な道徳を守るために、ありとあらゆる、言い訳、抜け道を探すのが人間ですにひひ
その場合に、ナニを守っているのか、改めて考え直すことも必要ですよね。

ムスリムの価値観、道徳は、どこに根ざしているのか、本当のところは理解していません。

でも、他人の道徳については、見えることがあっても、自分の道徳については、分からないことが多いもの。

特に、礼儀正しい日本人が、他国から道徳を非難されるケースは、稀でしょう。


The Coveなど、反捕鯨については、こういった道徳を非難された珍しい貴重なケースかもしれません。
憎しみを大きくするのではなく、理解を大きくしていくように、コミュニケーションしていきたいと、少し反省させられました。