バグダッド・カフェ ニュー・ディレクターズ・カット版 | ぼうけんのしょ

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バグダッド・カフェは、今から20年ぐらい前の映画だろうか。
不思議な映画だなぁ、というだけで、当時見ても、あまり印象に残ってなかった。

それが2008年に、パーシー・アドロン監督自らが再編集し、デジタルリマスターされたので、見た。


最初に見たよりも、ずっと、感情移入できた。

最初に見たときは、ハリウッドとは余りにも違う雰囲気、でありながら、アメリカのモハヴェ砂漠、という世界自体に違和感を覚え、主人公ジャスミンの大女ぶりに違和感を覚え、大ヒットとなった主題歌「コーリングユー」の叫びのような歌詞にも違和感を覚えた。

ストーリーは、アメリカ旅行中のドイツ人夫婦がケンカして、奥さんだけがアメリカに長く滞在する間に、さびれた「バグダッドカフェ」というモーテル兼喫茶店の経営者家族となじみ、店を手伝ったり、なじみ客と仲良くなる、という、単純な異文化交流ストーリー。見知らぬ人が、町に溶け込んでいく過程だ。

単純なストーリーだが、主人公達の背景をほとんど描かず、突然、何のお互いの情報もない状態で始まる交流、最初は敵対であったものに、スリリングな興味を感じる。

カフェ経営者のブレンダ。生活に疲れ果てて、始終不機嫌。
外国人客であるジャスミンの荷物に男物の衣料があることに不信感をもち、敵対心をあらわにする。

ジャスミンは、なまりのある英語で、無礼な態度をとるブレンダを、分からないフリをしながら受け流す。

ブレンダは、自分の子供と自分よりも親しくなっていくジャスミンに、始終ケチをつけ、ついには憎しみを爆発させる。

それを、ジャスミンは、大きい体で、どっかりと受け止めていく。
その中で、ブレンダはダメ亭主を追い出したこと、ジャスミンは子供がなく、どうやらドイツで芸人家業をしていたことが、わかっていく。

憎しみや口論は、抱えている苦しみの比例。
それを超えたところに、しっかりと心が通い合う。

大女ジャスミンは、何不自由なく暮らしてきた人ではないだろう。そうであれば、ブレンダを理解不能な暴力女として、無視するだけだ。
同じように、いろんな不幸と戦ってきたはずなのに、ブレンダを、彼女の娘や息子たちを受け止めるだけの心の余裕は、何がもたらしたんだろう?

恐らく、ドイツ国民であった彼女は、東西分割時代のドイツでの苦労、舞台人としての苦労をし、ブレンダとはまた違う種類の不幸を持っていたんだろう。

文化も個人の背景もまるで違う視点があればこそ、そこに共通した、女同士の理解というものが、ジャスミンにとっても貴重なものに思えたのだろうか。

二人の溶け合った心が、ラストに向かって一気にスパークする。


ハリウッドの装飾過多な演出と違って、シンプルそのものの演出。登場人物の個性ははっきりと描きながら、背景をぼかすことで、奇妙な浮遊感をもたらす。

同時代に「グランブルー」という、同じく国籍の無い浮遊感のある映画があった。

恐らく、映画が製作された2年後にベルリンの壁崩壊が起こる時代。外国人とドイツ人との交流を描くことで、ナショナリティも何も無い交流というものを描いたのだろうか。東西ドイツの融合を示唆しているように思えた。

それが、見知らぬ他人同士が心通い合う、愛情が人を変えていくというシンプルなテーマを、立体的に見せてくれる。

ドイツ人から見た、近くは無いが、理解が可能な土地、アメリカの、辺境な砂漠の片隅。

アメリカでなく、オーストラリアであっても、成り立つかもしれないが、さらにカルチャーギャップのあるアジアやアフリカ、逆に知りすぎているヨーロッパでは、恐らくダメだろう。

原題は、「ローゼンハイム(当時西ドイツの地名)より」。

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