「許す」という言葉は、日常的によく使う。「遅刻を許す」「いたずらを許す」「外出を許可する」。どこかルールの中の話で、理屈が立つ。「こうだから、まあ許そう」と判断する。


一方で、「赦す」はあまり使わない。罪や過ちを責めないこと。理屈よりも、もう少し心の奥にあるものの話だ。


ふと思う。私は「許す」ことはしてきたけれど、「赦す」ことはしてこなかったのかもしれない。


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誰かに嫌なことをされたとき、「仕方ないよね」と頭では処理していた。でも、心のどこかで引っかかっていた。それは「許す」ことはしても、「赦す」ことができていなかったからかもしれない。


そして、何よりも。


私は私自身を赦してこなかった。


昔の失敗、恥ずかしい思い出、後悔していること。「あのとき、こうしていれば」と何度も振り返っては、自分を責める。まるで、過去の自分を裁き続けるように。


でも、それを赦してもいいんじゃないか。


「あのときの自分は、あのときの自分なりに頑張っていたんだ」と。


過去の自分を赦せたら、他人のことも、少しは赦せるようになるかもしれない。


肩の力を抜いて、「まあ、そんなこともあったよね」と。


そう思えたら、少しは生きやすくなる気がする。