心に染みついた観念が、現実をつくってる。
 
現実って、ただの出来事じゃない。
自分の“ものの見方”を映してる。
 
つまり——
現実こそが、答え。

 
今の現実を見れば、
自分の観念がよくわかる。

 
そして、もし現実を変えたいなら
その観念を見つけて、書き換えるしかない。
 
 

たとえば、
「嫌な現実」っていうのがある。
 
「嫌いな人間が周りにいる」
「実に邪魔」って思ってしまうこと。

 
正直、
こいつらがいないだけで、
現実だいぶ幸せなんじゃないか?
 
って、思う時がある。

 

でも、よく考えてみたら
「なぜかいつも、苦手な人がいる」って思わない?

 
上司だったり
同僚だったり
部下だったり
取引先だったり——

 
場所が変わっても、
どこにでも「嫌いなタイプ」は現れる気がする。

 

じゃあ、何がそんなに苦手なんだろう?
自分が嫌う“共通点”って何?

 

 
答えは、たぶんこれ。

 
**「不機嫌そうな表情」**が多いこと。

 
それだけで空気が悪くなるし、
近くにいるとしんどくなる。

 
でも、なんでそんなに反応してしまうのか?

 

そこで思い出したのが、母親のこと。

 
僕が子どものころ、
母はよく不機嫌な顔をしていた。

 
その顔で、空気で、
僕をコントロールしていた気がする。

 
子どもだった自分は、
「お母さんが不機嫌なのは、自分のせいだ」って感じていた。

 
だから今も——

 
不機嫌な人を見ると、
あの頃の感情がフラッシュバックしてしまう。
 
言葉じゃなく、体が反応してしまう。

 

つまり、
不機嫌な人が“嫌い”なんじゃなくて、

 
**不機嫌な人を見たときの「自分の中の記憶」**が
苦しくて、嫌だったんだと思う。

 
 
要するに——
まだ許せていない自分がいる。

 

知能がどうとか、育ちがどうとか、
そんなことは置いておいて、

 
そもそも、他人の性格や態度って、
こっちじゃコントロールできない。

 

だからもう、
「不機嫌な人=俺を攻撃してくる人」
みたいな観念を、手放してもいいのかもしれない。

 

不機嫌な人を、許すというより、
 不機嫌な人に反応してしまう“俺”を、
 許してあげること。

 
たぶん、それを意識するだけで
現実はグッと、楽になる気がする。

 

現実を変えたいなら、
まずは“自分の観念”に目を向けることから。

 
今日もまた、ひとつ手放していこう。