普段、
私が「私だ」と思っている、
その人物。
その「人物」が、
そのままの存在で
鼓動を打ち鳴らし、
誰かや何かの役に立っていなくても、
地球に誕生し、
存在していること自体に
価値があると喜び、
一番近くで見守っているのが、
もう一人の「私」。
・
普段、
私が「私だ」と思っている、
その人物。
その人物は、
「ある」を感じることもできれば、
「ない」を感じることもできる。
本当はいつでも、
どっちでも「好きなほう」を選んでいい。
それを思い出せたなら、
その人物はきっと、
「ある」ほうを選ぶはず。
「住む家がある」
「トイレがある」
疑うことなく信じているものは、
その人物にとって、当たり前に「ある」。
「ない」を感じているとき、
「私には価値がある」
「私は愛されている」
そのどこかに、
疑いを持っているとき、
私たちは「ない」ほうを見てしまう。
もう一人の私は、
言葉を持たないから、
「ない」を見ている時の私に、
いつも、こう願い、祈る。
/
ないものが、
見えなくなりますように
\
と。
・
自分を大切にするって、
たとえ、
誰かに笑われて、
嫌われて、
傷ついたとしても、
それでもなお、
自分という存在の価値を
「価値がないわけがないこと」として
どれだけ当たり前に自覚できるか、
その覚悟を持って生きられるかどうか
なのだと思う。
そして、
私たちが
何を思い、感じ、どう行動しても、
「ゆるします」
そう見守って一番の味方でいてくれる存在が、
私たち一人ひとりに、ちゃんといるんだ。
・
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昨夜は映画デートな夜でした♪
