数多くの星々が宝石のように光輝く神秘な宇宙空間。その中に青く輝く小さな惑星が一つ浮かんでいた。その星の名は「地球」。表面の大半が水で出来た生命《いのち》に満ち溢れた美しい星。この星にも多くの生物が存在しており、中でも「人類」と呼ばれる知的生命体が数多く暮らしている。彼らは自分達が暮らしている地球の事を「水の惑星」とも呼んでいる。

-西暦2022年 日本・東京-

日本の現在の時刻は午後21時半。夜空には既に満天の星達が光輝いていた。日本の最大の首都である東京の街並みは夜にも関わらず多くの街灯に照らされ真昼のように賑わいていた。仕事帰りをしている人、スマートフォンを取り出し視る人や風景を撮影する人、友人達と楽しくはしゃいでいる人等、様々な人達が行き通っていた。

―東京 目黒区・自由ヶ丘―

おしゃれなショッピング街と閑静な住宅街が数多く立ち並んでいる自由ヶ丘。夜も遅く、通りを歩く人も少ない。その内の一軒に「緋藤《あかふじ》」と書かれた表札が掛けられていた。すると、その家の二階にあるベランダの戸が、ガラガラッと音を立てながら開いた。部屋から出てきたのは斑点の赤丸が目立つパジャマ姿を着た一人の少女だった。

少女の名前は緋藤奈々恵《あかふじななえ》。どこにでもいるごく普通の中学生だが、奈々恵は同級生達より少し大人っぽい女の子に見られていた。今夜も熱気が立ち込める自室に耐えきれず、外の涼しい風に当たろうとベランダに出てきたのだ。奈々恵はベランダに置かれた折り畳み式の小椅子にドッと、もたれ掛かった。

「はぁ~~~、もぅ暑いッ!このまま部屋にいたらもう少しで蒸しパンになるとこだった!」

季節は夏の中頃であり、現在は夏休みの時期。正直、奈々恵はあまり夏が好きではない。昼間はジリジリと陽光に照らされ暑いし、夜も昼間以上に蒸し暑い。だが、そんな好ましくない夏の季節でも幸い楽しい事がいくつかある。

奥多摩町に住んでいる祖母と祖父がいる実家に家族で遊びに行き、川遊びしたり、花火で遊んだりする等、奈々恵は自然の中で遊ぶ事が大好きだ。もう一つの楽しみな事は、7月14日は奈々恵の誕生日であり、今年は14歳を迎える年だった。そして、今日は誕生日の前日なのだ。
腕を上に上げ、軽くストレッチをしながら奈々恵は明日の誕生日の事を考えていた。

「さぁ~ッて、明日はどうしようかな~?明日は早めに宿題を少し終わらせて、後はどんな過ごし方をしようかな~?」

奈々恵はふと、薄暗い夜空を見上げた。奈々恵は星空も大好きだ。悲しい事や辛い事が起きた時は決まって星空を見る事にしている。そうすると嫌な出来事がちっぽけに思えてきて忘れられるからだ。だが、今夜は違っていた。奈々恵は椅子から立ち上がり、目を瞑り、胸の前に両手を合わせた。

「どうか、今年の誕生日も素敵な日になりますように」

奈々恵は星空に向かって願い事と呟く中、一階から母の声が聞こえてきた。

「奈々恵~~、もうすぐ22時よ。そろそろ寝なさ~い」

「はぁ~い!」

奈々恵はベランダから部屋に戻ると、電灯を消して、自分のベッドに入った。明日の誕生日を夢見ながら、奈々恵は深い眠りについた。

奈々恵が眠りについた同じ頃、遥か上空の夜空から一つの巨大な火球が墜落してきた。だが地上の人々は誰一人それに気づく事はなく、普段通りの生活をしていた。その巨大な火球は猛スピードで落下速度を増し、やがて東京湾に着水した。広大な海が火球と化した謎の物体を見る間に飲み込んでいき、あっという間に物体は深い海の底に沈んでいった。後に残ったのは夜の海の静かな波の音だけになった。

―翌日 午前7:05―

夏の朝の鋭い日差しが奈々恵の部屋に差し込み、その陽光に奈々恵は目を覚ました。
一つ小さなあくびをした後、ハッと表情を変えた。

(そうだッ!今日は私の誕生日だ!)

奈々恵はすぐにベッドから飛び起き、部屋から出て階段を掛け下り、リビングに来た。

「お母さん!お父さん!おはようッ!」

奈々恵の元気な挨拶を聞き、テーブルの上で新聞紙を読んでいる父親……緋藤和彦《あかふじかずひこ》は顔を奈々恵の方に振り向き、穏やかな笑顔を見せた。

「おはよう奈々恵。何だ?今日は随分と早起きじゃないか」

「あなた、今日は奈々恵の誕生日ですよ」

「あぁッ!そうだったな。もうそんな日になったのか、早いものだ」

キッチンの奥から奈々恵の母親……緋藤恵子《あかふじえこ》が、奈々恵達の朝食を運んできた。

綺麗にバターが塗られたトーストに、朝の眠気覚ましに最適なカフェオレが食卓に置かれ、奈々恵は椅子に座り両手を合わせて「いただきます!」と嬉しそうに言った。暫くして朝食が済み、テレビに報道されている朝のニュース番組を見ながら奈々恵は和彦に話しかけた。

「ねぇねぇお父さん、提案があるんだけど、午前中に夏休みの宿題を少しするからさ、午後の時間は皆で何処かに出掛けようよ!」

すると、その言葉を待っていたかのように和彦は奈々恵の方に顔を振り向き、少し頷いた。

「いいだろう!ちゃんと宿題をやるなら、今日は凄い所に連れていってやろう!」

「凄い所ッ!?」

奈々恵はテーブルに身を乗り出して嬉しそうに目を輝かせた。

「ああッ、普通の人は絶対に入れない場所だぞ。楽しみにしておいてくれ!」

和彦は右目でウインクした後、コップに注がれたコーヒーを口に運んだ。

父の言葉を聞いた奈々恵は、頭から興奮の煙が吹き出すような感覚を感じざるを得なかった。

「わかった!ちゃんと宿題を済ますから、絶対に凄い所に連れていってよね!!」

そう言うと奈々恵は急いで階段をかけあがり、自分の部屋に戻っていった。

パジャマを急いで脱ぎ、タンスから自分のお気に入りの水色の上着と黒のズボンを選び、着々と着替え始めた。最後に、去年の誕生日に友達からプレゼントしてくれた赤のリボンを胸元に着けた。

「さぁ~てと!今からだいたい10時までくらいかな?さっさと終わらせちゃお!」

奈々恵は自分の机に向かった後椅子に座り、黙々と夏休みの課題に集中した。

―三時間後 午前10:14―

「ふぃ~ッ!少しはできたかな?」

両腕を上にあげ、体をリラックスさせながら、奈々恵はふとベランダの窓から空を眺めた。雲一つなく快晴な青空の上に雀が二羽飛び回っていた。家の外には、小さな女の子連れの親子が楽しそうに歩いている。いつも通りの穏やかな日常の風景を嬉しく思い、奈々恵は頬を赤らめながら呟いた。

「今日も素敵な一日になりそッ」

暫くの間、奈々恵はスマートフォンで音楽を聴きながら数冊の漫画や雑誌に目を通した。そして、最後の雑誌も一通り読み終え、フ~ッと短く息を漏らした。

「いや~ッ、やっぱり『タスク・ハブ・ファン』の音楽を聴きながらの過ごし方って良いよね~」

奈々恵の自室は年頃の女の子らしく、大きな展開式のドレッサーテーブル、様々なおしゃれな服装が掛けられたクローゼット、人気女性アイドルグループ「タスク・ハブ・ファン」の壁紙、そして彼女の好きな大量の可愛らしいぬいぐるみ達。ぬいぐるみの置場所が減ってきているのが最近の悩みだそうだ。

-正午12時06分-

家族三人で昨夜の残りのハンバーグやサラダ等で昼食を済ませ、奈々恵は早速外出するための準備に取り掛かった。

「え~と、さっきお父さんが言うには……『普通の人は絶対に入れない場所』って言ってたけど、どんな所なんだろう?」

お気に入りの黄色のショルダーバッグにスマートフォンと漫画二冊に水筒、小ポケットに小腹のための飴玉二個を入れた後にバッグの口を閉じ、肩紐を右肩に掛けた。自室から一階に向かうため階段を下りていくと、リビングで外出の準備を済ませた和彦と、綺麗に布包みされた二人分の弁当を恵子が用意していた姿だった。

「あれッ二人分?お母さんは一緒に行かないの?」

「えぇ、実は今日の午後に大好きなテレビドラマの一挙放送があるのを、うっかり忘れてたの」

恵子がキッチンタオルで手を拭いながら伝えると「え~~?」と残念そうな表情を作る奈々恵。すると恵子は、奈々恵の頭を優しく撫でて、彼女に二人分の弁当を手渡した。

「今日は一緒に行けなくてごめんなさい。でもね?今夜の夕食はきっと楽しいものになるわ!楽しみに待っててね」

母に頭を撫でられて奈々恵は少し頬を赤らめ、照れくさそうに口をモゴモゴしながら二つの弁当もバッグに入れて、母の顔を見るとニコッと微笑んだ。

「うん!それじゃ、行ってきます!夕御飯楽しみにしてるからね!」

奈々恵と和彦の二人は家を後にし車庫に駐めてあるワゴン車をスマートキーで解錠させ、奈々恵は助手席に座り、和彦は運転席に乗車すると同時にエンジンをスタートさせ、車を発車させた。

「ねぇお父さん、今日は何処に向かうの?」

奈々恵はこれから向かう目的地について父から聞いていなかった事もあり尋ねてみた。すると和彦は微笑を浮かべながら答えた。

「今日はとても凄い場所だぞ。それに『ある人』にも会うんだ、きっとお前も楽しめると思うぞ!」

ある人……?奈々恵は父が何を言っているのかよくわからなかった。腕組みしながら考えている間、父が運転するワゴン車は目黒区を出て、世田谷区に入った。おしゃれなカフェ店やショッピングモール等の数々な建物が建ち並び、都会のイメージを強調させる。

-数十分後-

「さぁ、見えてきたぞ!そろそろ到着だ!」
半分寝落ちしていた奈々恵は和彦の声でハッと目が覚め、辺りを見渡した。

「ここって…駒沢オリンピック公園?」

かつては東京オリンピックの第2会場として新設され、レスリングやバレーボール、サッカー等の競技場として使われた。大会終了後は憩いのある公園として一般公開され、豊かな緑と数々の体育施設が調和した運動公園として親しまれている。

第一駐車場に車を停め、すぐに車から降りた奈々恵はふとある事に気が付いた。

「あれッ今日は何だか人が多いね?何かのイベントかな?」

駐車場には先程の奈々恵達のワゴン車を含めて約130台以上の様々な車種が駐まっていた。人集りの中には家族連れの人達も大勢いた。運転席から降車した和彦は周りの車や人集りを見渡した後、奈々恵の方に振り向いた。

「そうだね。実は今日は少し特別な日でね、あそこのオリンピック記念塔がある中央広場に、お父さんの知り合いの人達がやって来るんだ」

「お父さんの知り合い?……!それって、もしかして!?」

和彦の話を聞いた途端、奈々恵は両目を強く輝かせた。同時に和彦はにッと笑った。

「あぁ、僕の友人、瀬崎勇武《せざきいさむ》環境大臣だ」

-駒沢オリンピック公園 中央広場-

大部分が花崗岩と言う火成岩の自然石を敷き詰めた石畳となっている中央広場には、環境大臣を中心とした特別野外演説が始まろうとしていた。その演説を聞きに来ようと多くの人々が続々と広場に集まっている。

人々の視線が前方に置いてある一つの演説台に集まっていた。その演説台から右側の方に程よいサイズの白い集会テントが張ってあり、テントの外回りには数人のSP達が周辺を見張っており、テントの中では黒いスーツを着こなしている6~7人の大臣官房の姿があった。その内の一人……環境大臣の瀬崎勇武は小さなペットボトルの飲料水を飲み干し、緊張していた気持ちを落ち着かせていた。

「瀬崎環境大臣、演説の開始時刻まであと34分です」

瀬崎大臣の背後の左側に立っている秘書らしき女性は、手に持っているタブレットに書いてあるスケジュール表に目を通していた。

「あぁ、わかったよ雪乃さん……。ハァ、やっぱり緊張してしまうな~……」

瀬崎は短いため息をついた。彼は今年の初夏の時期に念願の環境大臣に昇進する事ができたのだ。そして今日は環境大臣に就任して初めての演説が始まる日だった。野外と言えども彼にとって自身が抱く信念を多くの人達に伝えれる事ができると思い、この日まで演説の予行練習を続けていた。だが、彼の少なからずな欠点で言えば、大勢の人達の前に立つと緊張してしまう事が学生時代に何度もあった事だった。どうにかして緊張を和らげようと水をコップ一杯分飲んだり、深呼吸を繰り返したが、あまり良い結果は出なかった。

「どうしよう…せめて待つ時間内に二人が来てくれれば」

瀬崎がもう一度深呼吸をしようと体を伸ばし始めた直後、外からもう一人の秘書らしき男性が入ってきた。

「大臣、今しがた緋藤さんと言う名の親子の二人がやって来まして、大臣と話がしたいそうですが?」

「緋藤か!!わかった、すぐに会うと伝えてくれ」

「緋藤」と言う言葉に瀬崎は安心したような表情を浮かべ胸を撫で下ろした。瀬崎がテントから出て辺りを見渡すと、集会テントから少し離れた場所で秘書の雪乃と親子の二人の父親が話し合っていた。父親の顔を見た瀬崎は嬉しい表情を作り、三人の元に近付いて父親に声を掛けた。

「和彦!久し振りだな!9年振りぐらいか?」

「ん?おぉ!勇武じゃないか、元気そうだな!」

数年振りの友人との再会に喜ぶ二人は固い握手を交わした。

「いや~、確か高校三年の頃だったか?阪神ファンだったお前が突然「政治家の大臣を目指すぞ」と言ったのは?最初は半信半疑だったが、まさか本当になるとはな!けど、本当におめでとう!目標を追い掛け続けた良い結果だな」

「ハハハッそんな昔の事、良く覚えてたな。けど、ありがとう!ここまで辿り着くのは大変だったが、和彦や多くの人達の声援のおかげだよ」

古い友人に称賛を受けた瀬崎は笑いながら頭の後ろに手をやった。瀬崎と和彦の二人は高校まで知り合った友人同士で、その関係は今でも健在であった。瀬崎は小学から高校までの間は地元の目黒区にある学校で通学していたが、大学入学の際は政治家を目指すため世田谷区にある私立大学に入学した経路を持つ。そのため、環境大臣になった現在では地元の目黒区と世田谷区の住民達から多くの信頼と支援を貰っている。

「それに『目標を追い掛け続けた』と言ってくれたけど、和彦も中学の頃からの夢を叶える事が出来たじゃないか。確かお前の夢は……ん?」

和彦との会話につい夢中になっていた瀬崎はふと、彼の隣に立っている一人の少女に気が付いた。

「あれッ君はもしかして……なっちゃんか!?大きくなったな!見違えたよ!」

瀬崎大臣に「なっちゃん」と言う可愛らしい名前で呼んで貰った奈々恵はニコッとした頬笑を作り、元気良く挨拶をした。

「こんにちは!久し振りだね、勇武オジさん!」

「勇武オジさん」と呼ばれて微笑む瀬崎だったが、彼の隣に立つ雪乃秘書は一歩前に出ると奈々恵の顔を覗き込みながら言い出した。

「失礼ながらお嬢さん、この方はこの日本環境の将来を誰よりも考えている素晴らしい人なのです。ですので無闇に『オジさん』と言う失礼な呼び方は謹んでください。特に大勢の観衆の前では決して発言なさらぬように肝に命じてください」

秘書の冷徹な表情に冷や汗をかく奈々恵。そこに瀬崎が彼女の右肩に軽く手を置き、宥めるように秘書に話し掛けた。

「まぁまぁ雪乃さん、子ども相手にそんなに熱くならなくても大丈夫だよ。これ以上気で熱くなってしまうと体に悪いよ?」

「……はい、失礼しました」

そう言うと秘書は瀬崎の後ろに下がった。その様子を見ていた奈々恵は心の中であっかんべーな表情をしていた。

「あッ、ところで以前お前から連絡がきた時は少し驚いたぞ?急にどうしたんだ?」

和彦はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、当時のメール内容を見せた。

「そ、それなんだが、実は今日は初めての演説でさ、中々緊張が解れないと言うか……。そこで、二人に来て貰えたら少しはマシになるんじゃないかなと思ってさ」

瀬崎が申し訳無さそうな感じで事の事情を話し始めた。それを聞いた和彦は黙って頷き……。

「成る程な、大体わかった。相変わらず昔からの緊張癖が治ってない訳だな」

「よっ余計なお世話だッ!」

と、互いの顔を見ていると、フッと安心したような表情を見せた瀬崎。

「ありがとう。やっぱり二人に来て貰って良かった。これなら大丈夫だ」

友人の緊張が取れたかのような表情を見た和彦は彼の右肩に手を乗せ、力強く頷いた。

「後ろの席で奈々恵と一緒に見てるからな。皆にお前の信念を伝えろ!」

彼の言葉に励まされた瀬崎は、意を決して中央の演説台に向かって歩きだした。その後ろ姿を見届けた二人は急いで席に着くために戻って行った。