こんにちは。

 
インドEKAMシェアのつづきです。
 
 
ディバインプロテクションについて。
 
聖なる保護を受けるのに障害となるものの三つは
 
まず感謝の心がない場合。
 
そして責めたり批判した気持ちがある場合。
 
さらにディバイン神聖なるものへの壊れた観念がある場合。
 
 
 
感謝する心がない時とはどんなでしょうか。
 
例えば 人生で、あなたのディバイン、言い換えるとあなたの神のヘルプがあったとしても
 
それがディバインのお陰であると感じることがなければ
 
感謝することも出来ないですね。
 
 
生きていて あらゆる出来事が
 
ディバインのある姿だと気づけたら
 
全ての巡り会う事柄にも、出会う人々にも
 
感謝の気持ちが絶え間なく流れます。
 
 
そうしたときに
 
ディバインの保護プロテクションも強力に作用しますね。
 
 
いつも
 
巡り会えた人々にも
 
ディバイン、あなたの神にも
 
「ありがとう」
 
と感謝している心を
 
最も大切にしたいですね。
 
 
また、
 
なにかが起きた時に
 
あれは 何かの所為で起きたとか
 
誰かの所為でこうなったとか
 
何かを責めたり、誰かを批判したり
 
そして あげくに
 
自分自身をも責めてしまったり
 
常に自分を批判していたり
 
そういうことをして日々を生きていると
 
傲慢になったり
 
あるいは内向的になったり
 
責任を誰かにおしつける支配的な考えに
 
神、ディバインの入る余地はなくなってしまいますね。
 
 
ほんとに起きたで出来事は
 
何か責め立てる意味は何もなく
 
実はディバインによって観せられているある姿でしかないということに
 
気づけるでしょうか。
 
 
そういったときに、
 
そこにもディバインの介在を感じられるのではないでしょうか。
 
 
もう誰かを責めてばかりいるような生き方は終わりにしませんか。
 
 
そして自分自身を責めるのも全く意味ないですからやめにしませんか。
 
 
責めたり批判したりしても
 
全てがとても苦しい意識にありまして
 
そういう時にディバインのプロテクションは起きにくいですよね。
 
全てが思い通りに動くには その全責任を自分でもって 良い意識の状態であり続けることですね。
 
 
 
そしてもう一つ
 
 
誤った観念に支配されているような場合はありませんか。
 
 
例えばあの人は可愛いからディバインにも愛される。
 
自分ブスだからディバインに見放されている、とか。
 
あの人は働き者だからディバインの助けを受けるに相応しい。
 
けど自分は怠け者だからディバインの助けを受けるに値しないかも、とか。
 
 
全くの絶望感を味わって初めて神からの助けを受けられる。
 
まだ大して落ちぶれていないから
ディバインも見向きもしてくれないだろう、とか。
 
これら全部が破壊的なディバインへの想念です。
 
こういう考え方を全部手放したとき
ほんとうにディバイン、あなたの神の見守りが始まるのです。
 
そして
ディバインに守られていると感じられたら
もう何が起きても 常に自分でいられます。
 
ディバインから切り離されて孤独に思うこともなくなります。
 
全てがディバインのクリエイションだということに気づいたら
ディバイン保護はさらに強くなっていくでしょう。
 
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。