この世的に、

私はとにかく不器用で、

特に身体機能を細やかに

操ることが難だった。



大学生になっても、

自動券売機から転がり落ちる

お釣りの小銭を一度では

掴み取ることが出来なかったし…。



ピアノは、まあ別だったけれど。


(↑ただし、難易度の高い曲を

難なくマスター出来た、という

意味はもちません。楽譜は手放し

好きな音を楽しんでいました。)



ほぼ文字通り、

一事が万事でした。


言葉遣いも、声量の調整も。



今思えば、生まれてから

感覚ほぼオンリーな

状態だったから、


というのが

大きかったから、と、

今なら認識も出来るのですが。




でも、そんな状態では

命の、正確には、精神衛生上、

命を保つことすら危機を感じる

実家だった為、ひたすら左脳を

開拓する必要があったのです。



人生が、どんどん灰色に染まる様を

今でも覚えています(_ _).。o○



そして、

いつも感じていたのが




…あれ?

出来るはずなんだけどなー。


とか、


よーく知ってるんだけど

うまく目の前の人に

整然と説明出来ない…



または、


え?まだこんなローテクなの?



とか、


え?ここ、遅れてる世界?



という感覚でした。




今日は、このような

当時の大きすぎた違和感を

インナーチャイルドとの対話、

そして、魂の由来が影響する

もの、という視点で、

書くことにします。




私の場合は、

断定的で、声の圧や行動の荒さで

支配する、DVの域にある父と、


その父をして、

無力と非力な自身を選んだ母、という、

いわゆる機能不全な家庭に入ったことで、


静かに、ニュートラルに、

自身を見つめる、という

発想とは対極に、ながくいました。



我が家は、なかなか他の方々から

悟られにくい、機能不全さでした。


氣付く人は気付く感じです。






と、

書いてきましたが。



実際、そんな方、

結構いたと思います。


そうです。

もちろん、私だけが悲劇の〇〇的な

ことを書きたいわけでは、無いのです。



それら辺を踏まえ、


このblogでは、


自身をまな板に乗せ、



まだ会っていないお仲間さんへの

エールを込めつつ、




本当に申し訳ないことをしてしまった

インナーチャイルドに対してのケアとして

書きます。(今日は、ね✩︎⡱)




読むと、やはり、触れたく無い部分を

刺激する可能性が有ると考えられます。


なんか、むりー…と、

少しでも感じられたお方は

すぐに、戻るボタン、あるいは

タグを消してくださいね。



内なる子どもさんとの

友好的なお付き合いは、

本当にデリケートですし、

ご自身のペースを基本に

されるものだと思いますし

( ᵕᴗᵕ )*・☪︎·̩͙




では、

次回から、具体的に

書いて行こうと思います。




merci merci  みゅうμ:mu


光田みう拝






羽ばたくよー🕊🌈