「あーつっかれた!」

 とても女王だとは思えない口調。
 どかっと椅子に身体を預ける姿も、普段の振る舞いとは正反対。

「……まったく、この姿を見せてやりたいよ」
「なにー? 那岐、何か言ったー?」

 ぐでっと椅子に凭れたまま、首だけ返して気だるげに言葉を吐く。
 絶対、皆騙されている。
 大体千尋は外面が良すぎる。

「千尋さぁ、その姿を皆にも見てもらいなよ」
「なんでよ? 折角皆引っ掛かってるんだからいいじゃん」

 引っ掛かってるんじゃなくて、引っ掛けてるの間違いだ。

「それに、風早の前でだって私こうでしょ?」
「あいつの場合はすさまじいフィルターがかかってるから見えてない」

 というより、多分認識されてない。
 そうでないと、俺がお育てした姫云々なんて言わないだろう。
 風早の目には、千尋がどんな姿でも理想の姫にしか見えないという一種の魔法だ。

「でも多分、遠夜は気付いてるよ」
「遠夜は千尋がなんでも受け入れる広い心の持ち主なんだよ」

 遠夜にとっては千尋がどんな行動を起そうが全く問題ないんだろう。
 そんな気がする。
 千尋が存在していればそれでいい、みたいな。

「巨大な猫被っちゃってさ……」
「猫のどこが駄目なのか判りやすく簡潔に10文字以内で教えてくださいー」
「ムカツク……。その猫をダンナの前で取ってみれば?」
「ぜったい、い・や」

 爽やかな笑顔で拒絶を返された。
 他のやつらには無意識に被っている猫でも、アシュヴィンには計画的犯行だ。
 ……これからもずっと続けていくつもりなのか?
 無理だろ、それは。

「いつかばれるよ」
「ばれたらそのとき考える」

 どうしてこんなに頑固になったんだか。
 風早の教育の成果か?

「だいたいさ、皆をがっかりさせるのも悪いじゃない?」
「僕はいいっての?」
「え? 那岐、私になにか期待してたの!?」
「別に、してないけど」
「だよね、よかったー。
 一人でいる時以外に息抜けないなんて拷問だし。
 ってことで、いいじゃん。那岐といる時くらい今までどおりでもさ」

 勝手なことを言って千尋は大きく伸びをする。
 なんか、このデリカシーのなさは誰に似たのか、とか
 携帯があったらムービーで録ってやるのに、とか
 色々浮かんだけど、結局はなにもしなかった。

「……まあ、いいか」
「そうそう、なーんにも問題ないない」

 ひらひらと手を振る千尋に溜め息を一つ。
 呆れることも多いけど、それでも許してしまうのは。

『いいじゃん。那岐といる時くらい今までどおりでもさ』

 何があっても信じていられる、受け入れてくれる。
 そんな安心感があるからか。
 たとえ選んだ伴侶が違っても、その存在はかけがえがない。

「なにニヤニヤ笑ってんの、那岐。へんなのー」
「うるさいな、余計なこと言ってると、部屋追い出すよ」

 そうだ。
 考えを改める。こんなおいしいポジション他にない。
 まだ、時が来るまではこのままで。
 こんな姿を見るのも、僕だけでいい。
 だって僕たちは家族、だろ?




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いろいろ突然すみません。
前提条件にアシュEDってのがついてますな。
那岐と千尋のまるで兄妹的な関係が大好きです。

あー久々に書いたなぁ……。