暗がりの中、ひとり祝杯を。 -21ページ目

朝っぱらから腹一杯!

毎朝6時起床がデフォルトスタイルになってきた紫苑です。おはようございます。眠くなったらお昼寝で賄っておるわけですが、やはり朝からエンジンがかけられる生活というのは、気合が入ります。


ただし…朝からDDRとか、そんなエゲツない事ができるわけでもありませんが。



さて、話は遡るのですが、昨日は久々に服を買ってきました。8月の給料が結構入ったので、買うならば「ゲーセン代と食費で消えない今のうち」というやつです。特にゲーム代…プレー頻度が減ったからといっても、めっきり通わないという割合でもありませんからねぇ。


万券1枚で残ってるよか、千円札10枚で残ってる方が、なぜか金遣いが荒くなっちゃうんですよねぇ(笑)


だったら、固定費計算して、残りの分から服にまわせる金額を計算して、さっさと買っちゃった方がいいんじゃないか、と。収入減ってからというものの、毎度毎度「あとまわし」でしたから。


というわけで秋・冬に向けて、ジャケット1着と靴1足を購入。これまた珍しく「量より質」で。昨年、手持ちのジャケットが全滅っぽくなってしまったので、もう少し補充の必要があるのがフトコロに辛いところです。1着は糸のほつれとくたびれ具合、もう1着は色落ち…。


こりゃもうダメだろ。


ツケは随分と高くついているようです。



あと…もんぷティさんとバビヤールさんに触発されてか、どうやら紫苑はアクセ関連にも強い興味を示しだしたようです。まあ、今持ってるアクセといえば、以前百貨店のイベントで買った、黒い数珠ブレスだけ。何もつけないか、時計をつけるか、ブレスをつけるか…ちと選択肢の幅が狭いなぁ、と。


そういうことで、あまり頑張り過ぎない程度に、この辺も見てみようかなぁ、と考えています。


余談代わりにネタばらしですが、持ってる数珠の素材…実は「トルマリン」です。


ムダに健康志向。



おしらせ

8/30~8/31にかけて、内定先の企業研修へ出席します。


そのため、この2日間は更新・レス共に不可能となります。また、重要な連絡などをこの日に受けたとしても、それに対応する行動もできません。ご了承下さい。

血液危機は他人事か?

顔剃り中に眠るのは、男として当然の事であると信じている紫苑です。おはようございます。やはり、髪が伸びてくると行動力が落ちる法則は、私にとって真実のようです。



というわけで、夜勤明けにシャワー浴びて、いざ床屋へ。予約なしで突っ込む姿は、まさに開店前のパチプロの心境でしょうか?


いつもなら、大学通りにある美容院へ向かうのですが…さすがに今は夏休み。それだけのために、往復交通費1,200円はチト痛いですから、近場で済ませておきました。技術料はさほど変わらないのですが、やはり床屋最強の武器「顔剃り」は、たまにやってもらうと気持ちいいのです。


美容院のおねーさんとのtalkも盛り上がる(話題が合わないと辛いけど)方が、喋る機会の少ない私としては嬉しいのですが、今日は夜勤明け。ダルそうに話を繋ごうとしても上手くいくはずもありません。こういう時は黙っていられる床屋の方が、メリットは大きいですね。



土曜日ということで15分ほど待ちましたが、それほどストレスを感じる事無く名前が呼ばれました。床屋であまりオーバーなカットをやってもらうのは、経験上あまりいい結果が出ないと知っているので、全体的に1センチくらい切ってもらい、少し多めにシャギーを入れてもらう程度にしておきました。


もちろんシャンプーはなしです。朝洗ったばっかなのに、さらに200円追加はもったいないですから(笑)



カット自体は難なく終わったのですが…問題は、その後髪乾燥+顔剃りに来た、推定50代のオバちゃん。このバァさんが、首から上でお遊戯かましてくれました。


右手でドライヤーを構え、電源を入れます。勢いよく熱風が吹き出した直後、左手が手櫛と化します。リズミカルなスイングが4、5回ほど続くと…、


ぺちっ!


ちょっと痛い。けれどもババァは構わずスイングガールばりにジャズやってるべ。そうすると、やっぱり4、5回ほどすれば…、


ぺちっ!


乾燥中に、客の頭へビンタをかますマッサージ技術って…ありましたっけ?



さて、5回くらいビンタを喰らって、血行が良くなった(?)後に、お楽しみの顔剃りですが…、これには本気で冷や汗ダラダラ。


ハチロクばりに剃刀をすべらせるな!!


これを頚動脈付近でやられました。しかも、周りは周りで、他の客のカットに必死なもんですから、誰も止める人はいません。さすがに今の時代、床屋で首を切られて死亡する人なんて、そうそういるわけがないでしょうに…。


「俺さぁ、ついさっき顔剃り中に頚動脈をバッサリ切られて死んじゃったんだよ。やたら赤い液体がエアーウォーターガンで撃ったみたいに飛んでったぜ~(笑)」


体験談を話す機会すら奪われるって、哀しいですよね。



特に、夏場の献血量って、かなり少なくなるみたいですよ。

想定外こそ想像の範囲

それは、こーちゃさん、フィルヴィスさんと過ごした後のことです。

バビヤールさん、もんぷティさんと共に喫茶店で対談中、股ぐらへ飲みかけた「ミルクイン・ノンシロップのアイスコーヒー」をこぼした紫苑です。こんばんは。しかし…意外な事に被害の幅は狭く、鞄に入った「ネット利用料2か月分の振込用紙」、テーブルに置いていた「勤続1年を越す携帯電話」、さらには直撃を受けたズボン左ポケットに内包していた「HDDプレイヤーwithイヤホン」…etc,

こいつらみんな無事でした。

最も、自宅に帰るまで、香ばしきコーヒーの怨霊と格闘せざるを得なかった件については、申し上げるまでもございません。お疲れの所にも関わらず、同じ車両にて時を過ごした周囲の方々は、さぞや迷惑だったことでしょう。

さて、斎戒沐浴を済ませたところで、シャーマン稼業をやめて、本題へ移る事にしましょう。今日のお話は、会談でも一時ネタとなりました「日記執筆とコメント」の件でございます。ちなみに、今回ネタにした件は、本日の会談以前に、アサギリさんからも教授を受けた事があります。

稚拙ながらもウェブ上で情報発信するようになり、今年で3年目を迎える私自身、最近になってようやく気づいた事なのですが…それは「自分で日記を1000字執筆するよりも、誰かのコトバへ100字コメントする方が至難を極める」ということです。さらに、ここで言う「コトバ」とは、自分の日記に頂いたコメントへレスする事を含みます。

コメントする事が難しい理由としては「相手との対話を必要とする」…これが第一であると考えられます。

卑近ながら、私を例に申し上げます。

私の日記ですが、大抵は次のような流れを意識しています。

まずは「執筆の本題(ネタ)」を1つだけ取り上げます。次に、私の起こした行動(意見)と挨拶から成る「マエセツ」を置きます。そして、「本題明示(ネタばらし)」の後、それに従い「詳説(本文)」を展開します。最後に、日記の終了意思を表示すべく「シメ」の文章を書いて終わりです。補足などが必要であれば「あとがき」として、追伸などを明記し、アップロード後に「推敲(見直し)」をする…骨組みだけバラせば、これが私の執筆システムの根幹です。

ネタにもよりますが、ある程度纏まった時間さえあれば、そこそこ納得のいく文章にはなります。

ただし、誰かの文章にコメントする…この場合は先に挙げた「執筆フォーム」が、まるで使い物になりません。毎度毎度のコメントを、ことごとくこんなスタイルで書かれても、日記を書いた側は「テンプレ返信されても面白くないわい」と考える事は間違いないでしょうから。

もちろん、時間を掛けた思考を経る事無く、コメントが自然に出る場合もあります。しかし「これを書けばどう考えるか?」「日記を読んだ上でのコトバになっているか?」「まるで関係のない話題で返していないか?」…など、時に考えるべき事は際限なく出てきます。また、読者自身が不得手な話題だったり、何らかの信条に触れる可能性のある件など、何分掛けようがコメントしたくてもできない、という状況も生まれます。

いくらblog慣れしていようと、読んだ文章全部に的確なコメントを残せる方なんて存在しないのです。それは、他のblogを読んで頂ければ、すぐに共感いただけるかと思います。第一、読んだならコメントのひとつくらいくれよ、なんて強要されたら、読者としてはたまったもんじゃありません。

「俺は書ける時(もしくは書くべき時)に書き、読みたい時に読む。だけど、俺もblogとして日記を公開する以上、誰かの反応は欲しい。それも、どうせならケチつけられるよか、共感的なコメントがいいに決まってる」

そう考えるのが自然だと思います。

少なくとも、私はそうです。

極めるには、遠すぎる道のようです。

向日葵と奏でるは祝福

梅田で遊んだ帰りに、パッフェルさんと新しくできたラーメン屋でメシ食ったくせに、帰宅後さらに発泡酒+カレーライスという暴挙をかました紫苑です。おはようございます。今まで食欲が薄れていたのが、まるでウソのようです。


結局、誰かと喋るのって、生きる上で重要ってことですよ。たとえネタをうまく振れなかったり、場を盛り上げられなかったりしても…。


しかし、盛り上がりに欠ける私に後ほど辟易。


当の本人は普段の会話では決して、ネタがスッと出てくるわけでも、引き出しが豊富なわけでもありません。ご理解の程、よろしくお願い致します。



さて、前日の日記で多少後ろ向きなネタを出したので、今日はそれなりに明るい話題をば。


以前の私…特に、2年前までは夜型の生活スタイルが染み付いていたのですが、最近はどうも朝型のスタイルに戻りつつあるようです。夜遅く起きていた割に、翌日(正確には本日)の朝には目覚まし抜きで、掛け布団を蹴り飛ばす確率が、日に日に高まってきています。


授業のある日が、いつもこうだといいんですけどね。


逆に、17時から22時辺りまでは、最も調子が悪い時間帯のようです。特に夜勤前に、仮眠に充てることが多い時間帯なので、身体がそれを記憶しているのでしょう。夕食を食べる前ともなれば、頭の回転はさらに悪化…。



そんなこんなで、朝から使える時間が増えていることに大喜びな紫苑でございますが、この時間に何をしているのかといいますと、こんな具合です。



・テイルズウィーバー

はい、朝っぱらから廃人ライフ始動。


しかしこれを侮るなかれ…当然、朝はログイン人数も少ない為、商売の下ごしらえ、キャラ育成など、余裕を持って行えるのです。ちなみに現在、ウイングクーポンというアイテムを集めて、レアなアイテムと交換できるイベント期間中なのですが、集めたクーポンの半数近くは、6時~8時に原材料を仕入れている「ついでに」獲得したものです。


余談ですが、商売が軌道に乗ったのか貯金は500万SEEDを突破。


*SEED…テイルズウィーバー内の通貨。


・読書

昼間よりも気温は低め、セミの声も控えめと、集中するのにはもってこいの状況です。多少難を言えば、空腹が原因で集中力が削がれる事が多いくらいです。


個人的に気になるのは、同じ本でも読む時間帯によっては、共感できる内容、気づく事、思いつく事などに、違いがはっきりと現れる点です。しかも、頭に残る度合いがとても大きい。


・散歩

最近は、特に運動不足を痛感しています。ただ立っているだけでも、1時間もすれば眠気に襲われたり、足が痛くなったりと散々です。年齢は20代のクセに、なんてグータラ振りか…我ながら情けない限りです。


そこで、この時間を散歩に費やす事も増えています。案外、ジッとしている時よりも、色々と思い浮かぶ事が多いのが特徴です。コンビニへ立ち読みしに行くとか、あまりに早く起きすぎたから吉野家で朝メシにしようとか…理由はその都度様々。



各種ビジネス書でも「朝の使い方で仕事に差がつく」という文言は、どの書物でもよく拝見します。特に、エグゼクティブ層には早起きの方、朝に強い方は非常に多いそうです。


ここはひとつ、皆様も朝の使い方というものを、一度じっくり考えてみてはいかがでしょうか?



と、自然の摂理に逆らい続けてまでバイトでカネを稼ぐ、紫苑でした。

クリエイティブ桃源郷

ここ数日、夜勤休憩以外でロクに飯を食べていない(正確には食べる気が起きない)紫苑です。こんにちは。そんなわけで、経口摂取したのは飲み物…特に、ミネラルウォーターがほとんどです。


夜勤明けの今日も今日とて…未だにジャージにTシャツ・起きてそのまんまスタイルに加え、自宅用のごっつ分厚くダッサいメガネをかけたままです。さらに、冷蔵庫から冷えた飲み物を取り出し、台所で半歩足を開き、左腰に左手を当て…、


飲む。


ただし、中身は牛乳ではなく、ファンタ(オレンジ)です。あしからず。



さて、たとえ頭が回らないからと言い訳して放置しすぎるわけにもイカンと思うので、のんびりペースながらも、チマチマ記事を書かせていただきます。ちなみにお題は「知的労働」。


もーちょい楽なネタがあるはずなのですが…まあ、こういう時でなければ、なかなか「頭が回ることについての感謝」というのも生まれづらいわけで。しばし筆者の都合にお付き合いくだされ。



近年、様々な形で「今後は知的労働の価値が高まる」という意味を持つコトバが、次々と発せられております。このブログをお読み頂いている皆様も、どこかでそのようなコトバをお聞きになられた事があるかと思います。極端な場合ですと「知的労働以外は無価値になる」なんてコトバを吐く方もいらっしゃいます。


しかし、アタマを使う事は仕事を行う上で重要ですが、そこに価値を置きすぎるのは逆に総合的な生産性を落とすのではと、私は疑問を抱かざるを得ません。



例えば。


キャベツの作り方を知っている事と、実際にキャベツを作り出す事とは、全く別です。キャベツでなくとも、カレーライスでも構いません。考えてるだけでは、作り出す課程における苦労や喜びを知ることも、食べた事で腹が膨れることもありません。


コンビニの商品発注は、何か小さな機械に向かってピコピコやってるだけだから、ラクに見えます。それも原因となってか、売場の整理やら掃除やらといった作業が敬遠され、商品補充が甘いコンビニも少なくありません。「発注よりも接客が大事」と教育されるそうですが…そういう部分程、下っ端に回す店が多いのは、なんとも皮肉なものです。



優れたアイデアに、高い報酬が支払われるのは良い事です。こういったアイデアが軽視される時代というのも、確かに存在しました。


しかし、そこに価値を置きすぎるばかりに「アイデアを出せない人は、誰かの駒になり下がるしかない」という思想を広げようとする姿勢については、私は反対です。何らかの理由でガマンする方はいるでしょう。ただし、そんな思いやりも何もないリーダーに対して、少なからずこう思っている方はいらっしゃるかと考えます。


だったらお前が全部やれよ。


これが表に出れば、もう何も進みません。



「役割の違い」が、「貴賎の違い」と錯覚する人は、一体どれだけいるのでしょうか?


そんな、ダラケを享受できる最後の夏を終えようとしている、23の夏。