今日、幼稚園からの付き合いがある連れが東京で結婚式をあげた。
月日の過ぎるのは早く、別の連れの家にたむろして毎日のように遊んでいた日のこと、彼と一緒に白球を追いかけて野球をした日のこと、高校時代に毎週のようにシダックスに行ってわいわいやっていたことがまるで走馬燈のように思い出された。
彼は自分の夢、小児外科医になる夢を叶えたが、その道は険しく、未来ある子供たちの運命を背負い、毎日戦っているようだ。
そんな戦いに疲れ果てた医師というのは時に高飛車になり、時に横柄になったりするのだろう。当然だと自分は思うし、そうしながら医師達は自分の心を守っているのだろう。
だが、彼は医師でありつつ自分らしくあり続けた。その笑顔だ。懐の広さだ。幼稚園の頃から何も変わっていない。今にして思えばそれは彼の優しさであり強さなんだと改めて思う。
自分も、辛い時や逃げ出したい時、その優しさにすがりつくため、彼に電話したこともあった。自分は、生まれてこの方故郷にすがりついて生きているが、最近はその様相も変化し、仕事上の人間関係と対立しながら、自分の中で故郷を失いかけていた。そんな時に自分から故郷を取り戻してくれるのが彼だった。彼は自分の故郷だ。そんな故郷をこれからも失わないように自分も生きていこう。
そして、彼が自分にそうしてくれたように、これから出会うであろう、困難を抱えた子供たちにも、希望という光をあたえてあげれるようなお医者さんになっていってほしいと切に願う。
高校の時の連れとも、自分の結婚式以来、だから3年ぶり、に会った。グッチとけんた。
けんたは何回か言った。「こうやって話しているとあの頃、それは高校1年生の頃に戻り、明日からの活力になる。」
自分も同じ思いを持っていた。そしてそんな同じ思いを持つ友人と出会えたこと、その友人と再会の機会を作ってくれた友人がいたことに強く感謝している。
そんな思いを胸に、山下達郎氏の「希望という名の光」、浜田省吾氏の「愛という名のもとに」、「悲しみは雪のように」、そして彼らと高校の時カラオケに行き、歌っていた桑田佳祐氏の「祭りのあと」を聴きながら、明日への希望を胸に、そして彼らとの再会のその日まで人生を歩いていこうという決意を胸に、俺は帰路につく。