双極性障害と診断された方には多く感じられるかもしれませんが、私は物事の考え方が昨日と今日、もっと言うと一時間前と今では180度違うことがよくあります。
ある事象において肯定的な考え方や真逆の否定的な考え方を同時に持っており、どちらにも良いところ悪いところがあり、どちらの考えを優先させていけば自身の心を安定化させれるのか事態が好転するのか決めれないことがあるのです。
極端な考えというとわかりやすいかもしれません。
100か0で物事を考えがちになるのです。
これには理由があると考えます。
自分を成長させたい、改善したいと強く思う程、自分がなりたい目標が見えてきた時に、一刻も早くそこに近付ける為に無駄を省いて一生懸命努力することで今の苦しみから抜けられると考えるのです。
そういった希望を見失ってはいけない。
そして特に、また今の苦しみに逆戻りしたくない、なあなあに過ごして、また今までのように日々の時間が無駄に流れて行くことに恐れを感じて自分を奮い立たせようとする心の表れだと感じます。
しかし、それが出来ていないと自分が感じた時に”結局私はできる人間ではないんだ。少しも成長しない。こんなに皆に遅れを取っているのに、こんな中途半端では変われる訳がない。”など自分を責めたり、結果が出る以前に自分の日々の振る舞いが変わらない、変われないことを強く批判してしまいます。
おそらくそういう方は“肩の力を抜いて、60%出来れば良いんだよ。ミスしても、できないことがあっても良いんだよ。”とアドバイスを受けたことがあるかと思います。そして、その考えの必要性もわかっていると思います。
ですが、そのようなことが考えられなかったりするのはグレーな考えを持つことに不安があり、また今の変わらない日々の延長にならないか、それを正当化する理由付けにならないかと感じてしまうからです。
何に優先順位を置くべきか、どの考え方が正しいか迷い、これなのか、こっちなのか脳が混乱し苦しくて、でも誰の責任でもないと自分を責める他に手立てが無くて更に自分を責めます。
私はまさに今そのような状態です。
自分を責めるということはとてつもなくエネルギーを消費し、更にこれからのエネルギーを奪うことになります。
自分を省みる為に反省することは大事です。
しかし、答えの無い自問自答で常に自分を責めては生きる力を奪ってしまいます。
これを読んでいる方もわかっていることかもしれません。
でも一度実験してみようかとも思います。
世の中にはいろんな人が悩みや生き方に苦しんでいる人に救いの術を説いています。
その中の一人に、鴨頭嘉人さんという講演家がいらっしゃって“自分を責めることは活動エネルギーを失い、より苦しんでしまう。ポジティブな言葉を言えばポジティブな事象が起こる。それは、ポジティブなことを選択していくからである。そして、自分を苦しめる相手のことを承認し、そういう人なのだと受け入れることが大切である。原理原則として他人を変えることはできない。相手に幸せな感情を与えられる人になれば、逆に相手から幸せなことを受けとることができる。”なにより、“自分を責めるのは禁止”と話していらっしゃいました。
私は一度それを実行したときに心から安心できるのを感じました。
他人に恨みを持ったり、でも本当はその人を必要していたんだと自分の本当の気持ちに気付けましたし、何より本当は今は幸せなんだと認識できました。
その時に混乱してた思いが無くなりました。
ですが、今また心に迷いが起きてしまって、そのような思いがブレてしまうのがこの病気の特徴の一つかもしれません。
ただ、その“ブレ”が以前より早く修正できているとも感じています。
ブレも含めて自分なのだと思います。
悩みは尽きません。でも悩まないこともできる。自分の考え方、選択によって。
悩むのであれば、今求めることだけを考えて実行して、また何かあった時に考えれば良いと感じています。
“悩みは過去か未来にしかありません。”鴨頭さんはそうもおっしゃっていました。
そして今を生きるということが悩んで悩んで混乱した自分に与えられる処方箋の一つだと思います。
混乱することも良いのです。
そして自分を相手を信じきることも混乱を抑える方法の一つです。
自分も相手も信じきってしまえば悩みようがありません。
選択する時に悩む時間も無くなります。
私はこれからそれらを実践していこうと思います。
また次のブログで日々の吐露を書こうと思います。
読んでくださりありがとうございました!
ある事象において肯定的な考え方や真逆の否定的な考え方を同時に持っており、どちらにも良いところ悪いところがあり、どちらの考えを優先させていけば自身の心を安定化させれるのか事態が好転するのか決めれないことがあるのです。
極端な考えというとわかりやすいかもしれません。
100か0で物事を考えがちになるのです。
これには理由があると考えます。
自分を成長させたい、改善したいと強く思う程、自分がなりたい目標が見えてきた時に、一刻も早くそこに近付ける為に無駄を省いて一生懸命努力することで今の苦しみから抜けられると考えるのです。
そういった希望を見失ってはいけない。
そして特に、また今の苦しみに逆戻りしたくない、なあなあに過ごして、また今までのように日々の時間が無駄に流れて行くことに恐れを感じて自分を奮い立たせようとする心の表れだと感じます。
しかし、それが出来ていないと自分が感じた時に”結局私はできる人間ではないんだ。少しも成長しない。こんなに皆に遅れを取っているのに、こんな中途半端では変われる訳がない。”など自分を責めたり、結果が出る以前に自分の日々の振る舞いが変わらない、変われないことを強く批判してしまいます。
おそらくそういう方は“肩の力を抜いて、60%出来れば良いんだよ。ミスしても、できないことがあっても良いんだよ。”とアドバイスを受けたことがあるかと思います。そして、その考えの必要性もわかっていると思います。
ですが、そのようなことが考えられなかったりするのはグレーな考えを持つことに不安があり、また今の変わらない日々の延長にならないか、それを正当化する理由付けにならないかと感じてしまうからです。
何に優先順位を置くべきか、どの考え方が正しいか迷い、これなのか、こっちなのか脳が混乱し苦しくて、でも誰の責任でもないと自分を責める他に手立てが無くて更に自分を責めます。
私はまさに今そのような状態です。
自分を責めるということはとてつもなくエネルギーを消費し、更にこれからのエネルギーを奪うことになります。
自分を省みる為に反省することは大事です。
しかし、答えの無い自問自答で常に自分を責めては生きる力を奪ってしまいます。
これを読んでいる方もわかっていることかもしれません。
でも一度実験してみようかとも思います。
世の中にはいろんな人が悩みや生き方に苦しんでいる人に救いの術を説いています。
その中の一人に、鴨頭嘉人さんという講演家がいらっしゃって“自分を責めることは活動エネルギーを失い、より苦しんでしまう。ポジティブな言葉を言えばポジティブな事象が起こる。それは、ポジティブなことを選択していくからである。そして、自分を苦しめる相手のことを承認し、そういう人なのだと受け入れることが大切である。原理原則として他人を変えることはできない。相手に幸せな感情を与えられる人になれば、逆に相手から幸せなことを受けとることができる。”なにより、“自分を責めるのは禁止”と話していらっしゃいました。
私は一度それを実行したときに心から安心できるのを感じました。
他人に恨みを持ったり、でも本当はその人を必要していたんだと自分の本当の気持ちに気付けましたし、何より本当は今は幸せなんだと認識できました。
その時に混乱してた思いが無くなりました。
ですが、今また心に迷いが起きてしまって、そのような思いがブレてしまうのがこの病気の特徴の一つかもしれません。
ただ、その“ブレ”が以前より早く修正できているとも感じています。
ブレも含めて自分なのだと思います。
悩みは尽きません。でも悩まないこともできる。自分の考え方、選択によって。
悩むのであれば、今求めることだけを考えて実行して、また何かあった時に考えれば良いと感じています。
“悩みは過去か未来にしかありません。”鴨頭さんはそうもおっしゃっていました。
そして今を生きるということが悩んで悩んで混乱した自分に与えられる処方箋の一つだと思います。
混乱することも良いのです。
そして自分を相手を信じきることも混乱を抑える方法の一つです。
自分も相手も信じきってしまえば悩みようがありません。
選択する時に悩む時間も無くなります。
私はこれからそれらを実践していこうと思います。
また次のブログで日々の吐露を書こうと思います。
読んでくださりありがとうございました!