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じいちゃんの葬儀が終わった。
長い入院生活で、ここ数年は殆ど家にいることの無かった祖父だが、心のどこかで「病院にいるから」という安堵感を持っていたことに今更ながら気がつき、その存在がどれほど大きかったのか思い知らされ、寂しい朝を迎えた。
遠路はるばる弔問に来ていただき励ましの言葉をかけて下さった皆さん、諸事万端お手伝いくださった皆さんに心の底から感謝しています。
本当にありがとうございました。
これから先、自分の人生はどこへどのように進んでいくかわかりませんが、多分これからも皆さんの力を借りて生きていくのだと思います。
自分が死んでからあの世でじいちゃんに再び会うことがあったら、怒られることの無いようにだけは生きていきたいと思います。
長い入院生活で、ここ数年は殆ど家にいることの無かった祖父だが、心のどこかで「病院にいるから」という安堵感を持っていたことに今更ながら気がつき、その存在がどれほど大きかったのか思い知らされ、寂しい朝を迎えた。
遠路はるばる弔問に来ていただき励ましの言葉をかけて下さった皆さん、諸事万端お手伝いくださった皆さんに心の底から感謝しています。
本当にありがとうございました。
これから先、自分の人生はどこへどのように進んでいくかわかりませんが、多分これからも皆さんの力を借りて生きていくのだと思います。
自分が死んでからあの世でじいちゃんに再び会うことがあったら、怒られることの無いようにだけは生きていきたいと思います。
今日、じいちゃんが死んだ。
92年の長い人生だった。
戦前・戦中・戦後の激動の時代を駆け抜け、2人の子供、6人の孫、7人の曾孫に囲まれて、幸せな晩年を送っていたと思う。
2月に肺炎を起こし、口からモノが食べられなくなり、今日まで4ヶ月間点滴だけで生きてた。
看病する身内としてはとても辛く、時には嫌になることもあったが、一番辛くて大変なのはじいちゃんだったんだろうなーって、じいちゃんの亡骸を眺めながら思う。
もっとこうしてやればよかった、この方が良かったんじゃないか、今になってそう思うことばかりで悔しい。
俺の37年間には、常にじいちゃんが居た、色んな事を思い出してしまい、今更ながらに涙を流している。
色んな事を思い出すが、やはり思い出すのはじいちゃんの優しい笑顔だ。
感謝することしかない。
じいちゃん、長い闘病生活お疲れ様、ゆっくり休んで下さい。ばあちゃんと仲良くね。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
真樹より
92年の長い人生だった。
戦前・戦中・戦後の激動の時代を駆け抜け、2人の子供、6人の孫、7人の曾孫に囲まれて、幸せな晩年を送っていたと思う。
2月に肺炎を起こし、口からモノが食べられなくなり、今日まで4ヶ月間点滴だけで生きてた。
看病する身内としてはとても辛く、時には嫌になることもあったが、一番辛くて大変なのはじいちゃんだったんだろうなーって、じいちゃんの亡骸を眺めながら思う。
もっとこうしてやればよかった、この方が良かったんじゃないか、今になってそう思うことばかりで悔しい。
俺の37年間には、常にじいちゃんが居た、色んな事を思い出してしまい、今更ながらに涙を流している。
色んな事を思い出すが、やはり思い出すのはじいちゃんの優しい笑顔だ。
感謝することしかない。
じいちゃん、長い闘病生活お疲れ様、ゆっくり休んで下さい。ばあちゃんと仲良くね。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
真樹より










