俺の名前は須田健史。25歳。東京在住のサラリーマンさ。
一人暮らしというものは自由気ままなもので、
趣味に没頭でき、ありあまる金と共に
人生を謳歌している真っ最中だ。
とまぁ、実際は休日すら誰一人と
遊ばない孤独な生活を送っている。
毎日毎日、この6畳一間のアパートと
会社の往復でそろそろウンザリしてきた。
趣味と言えば、バイクでツーリングするのと
そのついでに釣りをするという、至って平凡なもので
これまた人と関わらない趣味である。
しかし、それはたまに行う活動であり、
俺はもっぱら家で過ごすのが断然多い。
「そろそろ出会いが欲しいものだなぁ~」
と仕事帰りの夜道で独り言を漏らしてしまって
これはいよいよ末期だと感じ始めたその時、
街灯がうっすらと照らす道の影で人が
うずくまっているのが見えた。
俺は急いでその人に駆けよった。
「もしもし大丈夫ですか?救急車よびましょうか?」
うずくまっていた人は、髪型から判断するに女性の様で
服装は何故だか病院の患者衣を着ていた。
俺はいつぞや見た映画の展開の様な恋が
始まるかもしれない、と
淡い希望をいだいて女性を介抱しようとした。
「本当に大丈夫ですか?自分で歩けますか?」
と自然に女性の腰に手をかけようとしたその瞬間、
「ウゥアァウウゥ...」
...。俺は自分の頭を疑った...。
女性だと思ったソイツは皮膚はただれ、
眼は灰色に曇っており、今にも腐り落ちそうな
生気の失われたカラダ。
人間たるものが一切なかった...
それでも俺は
『こういう病気の人なのかもしれない。
どこかの患者なんだろう。』
と思い、また呼びかけようとしたが、
「おわー!何しやがる!!」
ソイツはいきなり俺の首元に噛み付こうとしやがった。
柔道を中高部活でやっていた俺は
反射的に背負い投げを放った。
ゴシャ!
嫌な音が辺り一面に響く...
受身を取らなかったソイツは
頭からアスファルトに落ち、
ピクリとも動かない...
「やばい、やばい..人を...人を殺してしまった!!」
誰にも見られてはいなかった...
押し寄せる罪悪感に責められながらその場を後にした。
「俺は悪くない、正当防衛だ!やらなきゃやられていた!
警察に上手く説明すれば、執行猶予は免れるかもしれない。
でも、でもだ、俺は人を殺してしまった...」
布団を上から被り、電気も携帯もなにかも消し、
自分がした罪の深さに押し潰されそうになりながら
俺は三日三晩眠った。
誰にも見つかりたくない。
誰にも触れられたくない。
俺のことを忘れてくれ。
あの事件から四日目の朝
買い貯めていた食糧が底をつき、
空腹を我慢していたが、もう限界のようだ...
「外に出て行動しなければ...」
その前にあの事件に進展があったのか
どうかを調べるために恐る恐る
携帯の電源を着けてみた。
着信ナシ
警察はおろか会社からも連絡がないとは
どういうことだ?
5分遅刻しただけでこっぴどっく
叱られるあの会社で三日も無断で欠席すれば、
何かしらの連絡があるだろうと思ったのに、
何もないとは...
「本当に俺のこと忘れてくれたのか?」
次々と浮かぶ疑問や不安がいっそう
俺の空腹を進行させ、さすがに物事を
冷静に考えられなくなってきた。
近くのコンビニまでは10分。
警察に捕まる可能性があるが勇気を振り絞って、
ドアを開けた。
「四日ぶりの日差しは眩しくてかなわないや。
引き篭もりも大概にしないとな。」
と普段から引き篭もり気味な自分を皮肉るような気分で
コンビニへ向かった。
「おかしいなぁ~いつもならこの時間のこの通りは
サラリーマンやOL達が通勤してるのに...」
それが誰一人いない。眼前には人一人いない通りだけだ。
いつもなら短く感じるコンビニへの道は
今日は長く感じられた。
「さてとっとと買い物を終わらすかな」
コンビニ着いた俺は、あらかじめ決めていた商品を
迅速に手に取り、ものの数十秒でレジまで進んだ。
「あれ?店員いないの?すみませ~ん!お会計お願いしま~す」
と叫んでみたものの一向に店員の姿は見えない。
何度か呼びかけ、数分待ったがやはり店員は現れなかった...
「しょうがないなぁ~商品分の金だけ置いとくか」
と商品をリュックに入れ、店を出ようとした時、
奥のバックヤードで物音が聞こえた。
店員がいるとわかった俺は
『会計分の金は置いといた』と言う旨を伝えるため、
レジをまたがり、バックヤードへ進んだ。
「すみません。お金、置いときましたよ?」
妙に生臭い匂いに包まれた空間は薄暗く、
良く見えなかったがどうやら男二人が
重なりあっているのが見えた。
「うへっ!まじかよ!?禁断の世界の最中だったのね...」
見て見なかったフリをして、
その場から早々立ち去ろうとした。
「ヴァァァァー」
聞き覚えのある独特のうなり声。
見覚えのある生気のないカラダ。
しかし、あのアイツとは一つ違う点がある...
「コイツ血まみれだー!!!」
口の周りは血で汚れ、
衣服までどっぷり血汚れていて、
口からだらしなく血の混じった涎をたらしている...
本能的にヤバイと感じた。
逃げなきゃ殺される!
俺は近くにあったタバコの棚や投げれそうなモノを
全部投げ、ソイツの足を止めようとしたが、
まったくひるまない。
ドンドン近づいてくる!
ガシッ!
もうだめだ!肩がつかまれた!
コイツ見た目以上の力がある!
朱色に鈍く光る歯が俺の首元に突き刺さろうとしてる...
「何か!何か!なんでもいいから!」
何か道具を取ろうと空中をブンブンさせていた手に
ズシリと重く感じるものを手に取った。
その物体で思い切りソイツの頭を
カチ割った...
「ハァハァ...やったのか?」
思い切り振り抜いたトンカチには、
見たこともない液体が
こびりついてた...
「狂ってる。なにかが狂ってる!」
俺は見た...
コイツは振り向いた瞬間、
下に横たわった男の
内臓が食い破られていたのを...
「人が人を食うなんて...まるでゾンビじゃないか!
これは現実なのか?よくできた夢なんだろ?え?」
おもむろに自分の頬を殴った...
痛い...夢じゃない現実だ、狂った現実だ...
「ア"ァァァァー」
「ヴァァァァ」
さっきの騒ぎを聞きつけ、コイツらの仲間が集まってきたようだ。
「逃げなきゃ、絶対逃げなきゃ!あんな死に方は嫌だー!」
コンビニから出ると同じようなゾンビが数体近くに来ている!
俺は全力で走った!運動してないせいか体がきしむ。
息もあがってきた。目が霞んできた。足の筋肉が悲鳴を上げている。
けど、俺の足は進んだ。
本能で体を動かすというのはこういうことなのか...
俺は命からがら逃げ切れ、家にたどり着き
玄関のドアを厳重にロックした。
街は酷かった...
コンビニまでの道は奴らによる被害はなかったが、
全力で走った別の大通りは車は炎上し、
至る所で人が倒れ、店は壊され、
何より血で溢れかえっていた...
「情報を...テレビ付けなきゃ!」
しかしテレビ画面には
『特別非常事態宣言』
の一文字がデカデカと写されてるだけで
何も情報が入ってこない。
他のチャンネルも同じだった...
「とりあえずここに留まるのは危ない。街から出ないと...」
コンビニで買ってきた三日分の食料と医薬品、
災害用に使えそうな道具や工具を
釣りの時に使っていた丈夫なリュックサックに入れ、
奴らに噛み付かれても大丈夫な様に
ライダースーツを着用した。
気休め程度にしかならないが...
それと使いたくないけど、武器も用意した。
洗濯するときに使うネットに
釣りの重りをたくさん入れた
簡易ハンマー。
会社の同僚に進められて草野球チーム入った際に
買った金属バット。
フライパン。
近距離の武器しかないのが不安だが無いよりマシだろうよ...
リュックにはギリギリ入った。
金属バットだけはみ出てるけど。
この金属バットを見てると、いつも茶化してくる
会社の先輩を思い出す。
色々ヒドイことされたけど、なんだかんだで
優しかったな..
「先輩なら助けてくれるかもしれない...
会社へ行こう!」
会社は電車で5駅離れた所にある。
バイクならすぐに着くはずだ。
早く行かなければ!
ドアを開けようとした瞬間、
奴らの呻き声がすぐ近くで聞こえてきた。
まずい!いつのまにか近くにいたのか!
そっとドアの覗き窓から見ると
ゾンビが通路を歩き回っているのが見えた。
4~5体はいるだろうか。
とてもこの貧弱な武器で勝ち目はない。
どうしよう。
ゾンビは俺の存在に気付いたのか
ドアを叩き始めた。
ドアは木製だ。すぐに突き破られてしまうだろう。
部屋に侵入されたら一巻の終わりだ。
『他に脱出できるところは?』
あった!ベランダから飛び降りれば良い!
飛び降りた先は駐車場でバイクも停まっている。
しかしベランダに駆け寄ったは良いが、
ゆうに5m以上はあり、飛び降りるのは恐い...
ドアは既に半壊しており、
チラチラとゾンビの姿が見える。
向こうも俺の姿を見るやいなや
更に激しくドアを叩き始めた。
ドバーン!
ドアが完全に壊れた瞬間、
俺は空を飛んでいた...
第一部完